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174【団体戦に憧れる】

いつもありがとうございます。

今回のお話には残酷な描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

「 良かった!貴方達、間に合ったのね!」


 安堵と共に歓喜の声を上げると、手前の騎士が私を見て頷いた。

 声は出さないが恐らくそれは『もう大丈夫だ』という意味だろう。何しろ彼らのお面は王様を守る近衛師団である印。その強さは世界を誇るエリート集団だ。私は身の安全が確保され、強ばった体をほうっとゆるめた。


「 おいセナ!どこへ行く?」


 近衛師団が来たとはいえ、先ほどの攻撃はとても大きかった。部屋のみんなが全員無傷だとは思えない。悪者の退治は近衛師団に任せるとして、私が取るべき行動は、みんなの怪我の手当てと安全な場所への誘導だ。

 本当はすぐにでもこんな部屋から逃げ出したいけれど、そんな事をすれば後でお父様にがっかりされるし、お母様にも叱られる。何よりそれが弟にバレて馬鹿にされるのは、姉の立場として我慢ならない。


「 なんてひどいッ!」


 部屋の現状を見て足がガクガクと震える。壁に叩きつけられ瓦礫の山となった椅子や建具に混ざり、たくさんの人々が血を流し、どこかしこで呻き苦しんでいる。その残酷すぎる光景を目の当たりにして、私は言葉を失った。


 こんなこと …… 怪我どころでは無い。


 殆どの人が衝撃に耐えきれずその身体を引きちぎられ、かろうじて声を上げる者も、その命が終わりを迎えようとしているのは一目瞭然だった。

 これは大変だ、子供である私一人がどうにか出来るものではない。大至急城の医師や魔導師を呼んでこなければ……しかし唯一の広間の出入り口を瓦礫が塞いでしまっている。


 どうしたらいいの?


 辺りに充満する血の匂いに軽い目眩を覚えながら私は途方に暮れた。


「 …… ね … え …… さま …… 」


 考えが定まらずただその場に立ち尽くしていると、どこからかか細い声が聞こえてきた。


「 今の声 …… いいえ、そんな!まさか!」


 弾かれるように辺りを見回す。そんなはず無い、彼が今この部屋にいるなんてあり得ない。そう頭では否定しても、私があの子の声を聞き間違えるはずがなかった。


「 たすけて …… いたい … よ …… 」


 いやだ、やめて!


 この城の中で私のことを『姉』と呼ぶ者はたった一人。その者がいま自分に助けを求めてる。声のする方へと駆け寄りながら、頭の中はグルグルと同じ言葉が回っていた。


 なんで?どうして?老師様のお話はつまらないと言っていたのに!お外が雨だったからなの?遅れて集会へ参加してたとでも言うの?


 必死に弟の名を叫びながら、ささくれ立った家具の砕片をガタガタとずらす。すると床と端材の隙間から小さな白い手が見えた。


 いやっ!お願い … 何かの間違いであって!


 恐怖のあまりドッと流れ出す涙をドレスの袖で拭う。泣いている場合じゃない。腹這いになり手を伸ばすと、かすかにその手に触れた。こちらの強さとは真逆で、相手の握り返す力の弱々しさに再び涙で視界が歪んだ。

 私はその手を掴んだまま大声で叫んだ。


「 誰か!誰か手を貸して!弟がこの奥にいるの!」


 ちゃんと言葉になっているのか自信がない。そうしている間にも、伸びる腕の先からどんどん赤い液体が流れ出てきて恐怖と不安がのしかかる。


 いやだ!いやだ!そんなの絶対ダメッ!!


 弟はどれだけの怪我をしているの?剣術の訓練の時だってこんなにたくさんの血を流したなんて聞いたことがない。朝食だってあんなに元気に食べていたのに……。


「 これを退かせば良いのか?」


 ふと影が差し、顔を向けると長身の男が立っていた。


「 お願い!グレン!弟を助けて!!」


「 …… 分かった。そのままだとお前も危険だ、一度体を起こせ。 」


 彼は私を傍らに避けさせ、ぐしゃぐしゃに泣き崩れる私の頭をポンポンと撫でた。そして複雑に入り組んだ瓦礫を次々と退けはじめる。

 最後に大きな建具の端をグイと持ち上げると、私は急いでその下へ潜り込み、弟の体を引き抜こうと再び彼の手を掴んだ。

 だがその小さな全身を引き抜くまでも無く、既にどんな治療も間に合わなかったのだと私は悟った。弟の体はとても直視できる状態ではなかった。あの分厚い長椅子や柱に子供の小さな体は耐えきれなかったのだ。


 そんな …… なんてこと ……


 ガクガクと震えながら、その小さな頭部や背中を何度も摩り、少しでも彼の痛みが和らぐよう祈った。今更そんな事してもなんの意味もないのに、私はその行為をやめることが出来なかった。


 どのくらいの時間が経ったのか、自分の涙が枯れ果てた頃、私の髪や肩にポタポタと雨水が滴り落ちてきてフッと意識を戻した。

 ボンヤリとした頭で、とうとう屋根まで壊れてしまったのかと、腕をつたう水滴に目をやりギクリと身を固まらせる。


 これは雨水なんかじゃない、血だ。


 背後を振り返り愕然とする。弟を助けるため手伝ってくれた騎士が、今も自分のために長椅子を支え続けているではないか。そして男は背後からの戦いの余波を全身で受け止めていた。


 当たり前と言えばそうだ。老師様の体を乗っ取っていた悪者と近衛師団は、今現在も激しく戦闘を続けている。そんな中広いとはいえこの部屋に居続ければ、彼らの繰り出す攻撃に巻き込まれるのは当然と言えるだろう。


「 …… どうして? 」


 彼は身を守る剣技も魔法も使えるはず。建具を支えるその両手を離してしまえば、いえ、私にいつまでもそんな所にいないでさっさと出てこいと叱り飛ばせば、そんな怪我など負わずに身を守れるだろう。

 それなのに、ただひたすら私を庇い、攻撃を受け続けている。


「 騎士様、そんな事をしていては貴方が壊れてしまいます。」


 見ず知らずの他人である彼が私を守る必要などあるわけがない。それとも、そう言いながらも弟の側から離れることの出来ない私に同情でもしているのだろうか。

 すると騎士は悲しそうな笑みを浮かべた。


「 たとえ壊れても構わない、私は貴女の騎士だ。私の命は貴女を守るためだけに在るのだから。…… そう誓っただろう?…… セナ。」


「 …… 誓い? …… せな??」


「 そうだ。そして私の名は何だ?さっき呼んでくれたよな?」


 なまえ??…… そうだ、彼の言う通りだ。


 私はこの騎士の名を知っている。この騎士の声も、剣の使い方も、彼がどんなふうに笑うかも。…… 彼にあんな悲しい笑みは似合わないのに、そうさせるのはいつも私のせいだ。


「 あなたは …… グレン 」


「 正解。そしてお前は?」


「 私? …… 私は … 世那、名取世那 」


「 だな。ではセナ、お前に弟はいるのか?」


 弟?

 私に弟は ……


 いいえ、私に弟なんていない。いるのは私をフーフーと毛嫌いする妹だけだ。

 えっと、そしたら …… じゃあこの子は??


「 ヒァッ!?」


 私は先ほどまで手厚く撫でていた子供を見て悲鳴を上げた。


「 これは何なの!?人じゃないじゃない!」


 そこには自分の見ていた記憶とはかけ離れた物が転がっていた。何が何だか分からなくなり頭が混乱する。


「 そうだな、この部屋で祈りを捧げてた者は皆マネキンだ。タチの悪い幻術に引っかかったな。」


「 幻術?じゃああそこで戦っているのも?」


「 いやアレは本物だ。どうやって脱獄したのかザゴバの再登場と狐面達が勢揃いだ。どうやら彼らも敵対してるらしい。」


 そうだ、ザゴバランティスがまた襲ってきたのだ。頭がはっきりとしてきた。まだ何か変な感じはするけど、私は小さな少女ではない。この世界に召喚された異世界人だ。うん、そのはず、やっぱまだふらふらするわね。


「 ザゴバは私を殺すって言ってた。」


 ドウェルフの鉱山で対峙したとき、私はどこかの王族だと嘘をついた。そのせいで狙われているのだろうか?…… というか ……


「 アレがザゴバなの?モデルチェンジが激しすぎない?」


 もはや化け物としか表現できないその風貌に鳥肌が立つ。奴は前回と同じく次々と魔物を召喚して狐面達に苦戦をしいている。

 またもや幻術で惑わされてしまったのは悔しいが、正気に戻った今、敵の数も多く戦いが長引いてるなら、私も狐面に加勢するべきだ。そう判断し太腿の装備にある短剣を抜き渦中へと飛び込もうとしたとき、広間の扉がドンドンと激しく音を立てた。


「 どなたか扉を開けて下さいっ!何かで塞がれていてこちらからは開くことができないのです!聞こえますか?どなたか扉を開けて下さい!」


 私とグレンは顔を見合わせた。

 あの声は ……


「 リュカ!いま邪魔な物を吹き飛ばすからそこから離れろ!」


「 その声はグレン様!?良かった!こちらはアクア様とずっと二人きりでとても気を遣いました!」


「 報告は後だ、怪我するなよ!」


「 ハイ!承知しました!」


 建具とマネキンの残骸を前に、グレンが腕を前に出し構える。ふとこちらを振り向いた。

 どうしたんだろう?


「 炎で道を開ける。ここに在るものが全て燃えてしまうが … 」


「 え?ええ、もう大丈夫!目は覚めたから!」


 私が力強く頷くのを確認し、グレンは炎を操った。


 あれは最愛の弟じゃない。


 それにその他の人達も城で親しんだ者達ではない。そう言い聞かせても、どこか胸の奥が傷むのを抑えられなかった。これが幻術というのならなんて恐ろしい魔法だろう。未だに弟の死に顔が脳裏に焼き付いて心臓が震える。


 建具と扉の一部が燃え落ちると、その奥から元気そうなリュカとアクア様が姿を見せた。


「 炎の延焼を防ぎましょう!アクア様消火を!」


「 ええ、任せてください。」


「 グレン様!状況のご説明と指示を下さいませ!セナ様、ご無事で何よりです!」


 何となくだけど、リュカが合流しただけで私はホッとした。止まっていた物語が動き出すような感覚すら覚える。この子の前だと自分もしっかりしなくてはと気が引き締まるのだ。


「 ─── なるほど、手短にまとめると訳が分からない状況なのですね。… ではこのまま狐カルテットにザゴバをお任せして我々は一旦引き体制を整えるのは …… ええ当然無しですね。ザゴバはラグドールの脱獄犯ですものね。ではこの狭い部屋で集団捕縛でしょうか。嫌だなぁ、よく知らないチームと組むなんて。お面なんて被っちゃててなんか厨二っぽいし。」


 後半のブツブツは心の声なのかしら?普通に周りには丸聞こえだけど。とはいえ、グレンもリュカのカラッとした態度に表情が落ち着いている。

 ごめんね、さっきまであんなに不安そうな顔にさせて本当に申し訳ない。


 私は何をすればいい?そう尋ねようとしたときには、三人の騎士は颯爽と合戦に合流し、私はポツンとその場に取り残された。


 凄いわね、本当に感心しちゃう。


 この世界の人達は戦いに慣れてる。私は未だにグレンやリュカと混ざって魔物退治をする時に、一人の方がやり易いのになと思う。それでも人の癖を見抜くのは得意だから、何となく合わせることはできるけど。


「 一、ニ、三、四 … 五、六、七。…七かぁ!」


 流石に一対七はタイミングが難しいわよね。それなのにあの人達はまるで最初から打ち合わせたみたいに見事な連携プレーをやり遂げている。

 さっきまでは若干お面チームがおしてるかなー?くらいだったのが、今では集団リンチに見えるから。

 あ、よく見るとリュカは私に被害が飛ばないよう盾と攻撃補佐を補っている。アクア様は …… なるほど遠方攻撃で水責め。狐面の女性二人は …… んん?回復となんだろう?自分達の防御的な何か?狐面の男性二人は息がピタリと合っていて魔法攻撃がエグいわね。何その魔法陣の数?それからグレン、キレちゃってるのかしら?あなたがまさかの体術!しかも攻撃の一つ一つが重いのに炎まで上乗せしちゃってる。あーなるほど!炎で突きを連打すると相手の体を貫通するのね。しかも血管を焼き切るから出血が少ないわね。ジワジワ攻めるつもりかしら?あぁもう、こうなると敵は反撃のチャンスどころか体勢すら整える隙ないじゃん。絶対もう床に突っ伏させてくれって思ってるよ?


 …… 私バスケやっとけば良かったかなぁ?なんだか皆楽しそう。ダンジョンでは弓道やってて良かったーって思ったんだけどなぁ。個人競技より団体戦の方がなんか出来る感じで悔しいな。ていうかさー、全員腰に立派な剣を携えてるのに誰一人剣を使ってないわよね。

 なんで??


「 アクア様!敵の陥落は目前です!ここでアレをやりましょう!」


「 は?エッ?いや、えっ?エェッ!?ここでですか!?ウソでしょ!?」


「 嘘ではございません!さぁ構えて!皆様タイミングを見計らい一斉にお引き下さい!!」


 なんだろう?アクア様が明らかに動揺している。あれ?リュカと並んで …… 皆が後ろに引いて?


「 ぐあぁぁぁぁっ!!」


 い、いまのは一体何?リュカとアクア様が同時に技を繰り出して、輝く霧がザゴバに降りかかった。そしてその瞬間ザゴバの全身が赤く染まって苦悶の声を挙げた。


「 んー、成功とまではいきませんが及第点はいただきたいですね!どうですザゴバランティス、あなたごときにわざわざ新技を披露して差し上げたのですよ。その威力もまた格別でしょう?」


 新技?新技ってなんだろう?リュカの発言にグレンだけでなくお面チームまでどよっている。そしてザゴバの方は、返事をするどころか生きているかも怪しい。グッタリと床に倒れ込みピクリとも動かない。


 これはどうやら決着がついたようだ。


 あ、お面チームのリーダーさんらしき男性がお面を外そうとしてる!

 これは見逃しちゃいけない!


 私はいそいそと皆の元へ駆け寄り、グレンと並んでそのお顔を拝見した。


「 やはりお前か!」


 お面を外した男は、声を上げたグレンには目もくれず、ただ私の顔を見つめている。改めて見るとこの人もとても端正な顔立ちで、直視するこちらがかえってモジモジしてしまう。立っているだけなのに周囲が凛とした空気になるのは、それだけ彼に高潔な威厳があるからかもしれない。


 多分だけどこの男性は、あの魔物だらけのお屋敷の主人であり、パトリックのご主人様でもあり、私が何回もお手紙をやりとりしたロウだよね?

 そしてグレンがやはりと言った通り、彼とは前に一度顔を合わせている。


「 ラグドール城のテラスでお会いした以来ですね。もうこちらの世界には慣れましたか?」


「 は、はい。」


 突然話しかけられて思わず敬語になる。手紙を介してるときは、会った時にいろいろ話したいことがあったはずなのに、妙に萎縮してしまう。

 すると彼はハァと深くため息を吐いた。


「 しかしその衣装やメイクはいけませんね。貴女に全くお似合いではありません。周りにいる者は彼女の何を見ているのでしょうか。まぁ護衛の者が貴方ですものねー。」


 なっ!そ、そんなことをダメ出しされるとは!?

 隣でグレンがグヌヌと怒りを堪えているのが伝わってくる。

 ごめんなさい!アクア様達にバレないように甘々メイクにしたのが彼の好みに合わなかったようだ。言い訳したくても背後にはアクア様がいるし、これは涙でだいぶ崩れていますってのも変な弁解だろう。というかあんなに泣いたのも何年振りだろう?記憶の中で人前で涙を流すなんて殆どないのに。

 私はただただ顔を赤くして俯いた。


「 そんな事はどうだって良い!そもそもセナをお前の好みに合わせる義務も無いしな!それよりこの事態をどう説明する!お前達は何を企んでる?ザゴバの脱獄にお前が関わってるとは思えないが、奴がセナの命を狙う理由は何だ!?」


「 これはこれはラグドールの騎士の割に乱暴な口の利き方ですね。貴方にはやはり一度死んでいただきましょうか?」


「 質問に答えろと言っている。お前が望むなら剣を交えても良いがどちらが膝をつくかは分からんぞ?」


 折角ザゴバを倒したのに、グレンとロウの一触即発状態に、リュカともう一人のお面の男性がオロオロと間に入る。しばらくするとお面の男性の厳しめの制止にロウもフッと息を吐いた。


「 まぁ良いでしょう。今日は予定外の事だらけで私も疲れました。ザゴバランティスの登場は我々とは全くの無関係です。もっともラグドールの警備の甘さには怒り心頭に発してますがね。そしてとある計画はありましたがそれはセナ、貴女を傷つけるつもりもありませんでしたし、それもこれもザゴバのせいで失敗に終わりました。以上です、ご機嫌よう。」


 ロウは感情のない早口でそれだけ告げると、この場から立ち去ろうとクルリと背を向けた。


「 ま、待て!説明になってない!ある計画とは何だ?それになぜラグドールに、いや私にそこまで敵対心を向ける理由を聞かせてくれ!」


 グレンがまだ話は終わってないと質問責めにすると、数歩歩き出したロウは露骨に顔をしかめながら振り返った。しかし次の瞬間彼はその切れ長の目を大きく見開き、突然私の前に立ちはだかった。そしてそのままの勢いで強く抱き締められる。


「 えっ?あ、あのロ、ロウ様?どうしました?」


 年上の男性だし、紳士的だしなんとなく敬称をつけてしまう。というかなにこの状況?彼流の別れの挨拶なのかしら?と見当違いな考えをしながら顔を上げると、ロウがカハッと口から大量の血を吐いた。


「 エドッ!?」


 慌ててもう一人のお面の男性が駆け寄りロウを支えようと手を伸ばす。しかし彼はそれを制して口元を丁寧に拭った。

 そしてニィッと口の端を上げる。


「 平気です、心臓は逸れてますから。それよりもジギワルドめ、彼の執着には心から尊敬しますよ。」


 吐き捨てるように顔を上げ、私をお面の男に預けるとロウはパリパリと呪文を唱えながら歩き出した。

 既にグレン達は正面にザゴバを見据え臨戦体勢を整えている。


 半身を少しだけ起こしたザゴバは、正気を保っているのかクククと笑っている。


 死んだと思っていたのに。では今のレーザーみたいな攻撃は奴が放ったものだったのか。

 ロウが体を張って庇ってくれなければ、今ごろ私の額には穴が空いていたかもしれない。


「 ムダだ、もう何しても無駄なんだよ。お前達は全員闇に堕ちる。なあんにも無い暗闇の世界にな!フハハ!死んだ方がマシだったなぁ。」


 クックッと下卑た笑いのザゴバの言葉に、ロウはピタリと動きを止めた。そして真上に視線を向ける。


 そこには先ほどまでには無かった魔法陣、それもとてつもなく大きな物が描かれていた。


「 …… まさか深淵魔法を使ったというのですか?いまの貴方の状態で使える魔法じゃないでしょう。術が発動する前にとどめを刺すか集団転移で逃げますよ。」


「 ヒヒヒ逃げきれるものか。いつもいつも人を見下しおって。でかいだろ?範囲はこの城全域だ。嬉しいだろ?思い出の城までご一緒に逝けるんだからな。…… なあエルドウィン …… お前の大事な大事な女王様は見つかったのかい?ヒヒ … これだけ捜しても見つからねえんだ、きっともうこの世界には … グフゥッ!!」


 ロウの攻撃でザゴバは再び床へ倒れた。どうやら彼の話を最後まで聞くつもりはないようだ。

 そして天井を確認しても魔法陣が消える様子は無い。ロウは舌打ちをして身を翻し早足で戻るとグレン達にも『戻れ』と合図をした。


「 まずい状況になりました。説明してる暇はありません、直ぐにこの場を離れます。」


「 奴を殺せば陣も消えるだろう?」


「 そうかもしれませんが、そうじゃないかもしれません。あの自信ありげな態度も腑に落ちませんし、もしかすると何か魔道具の力を借りてるかもしれません。」


「 魔道具?では術者が死んでも術は発動すると?」


「 その可能性がある以上ここにはいられません。事実あれだけ打撃を与えても魔法陣の乱れがありませんから。では行きますよ。」


「 お待ち下さい!」


 声を上げたのはアクア様だった。


「 その深淵魔法とやらの範囲は広いのでしょう?…… この城にはシャルトリューの騎士や魔導師がおります。その者達へ影響はございませんか?」


「 悪いがその者達までは救えない。諦めなさい。」


「 なっ!そんなこと出来るものか!私の部下もまだ城内に留まっているはずだ。他に方法はないのか!?」


 食い下がるグレンにロウは冷酷な視線を向ける。


「 ありません。貴方は彼女を守る役目があるのでしょう。騎士ならその任務を最優先に動くべきです。」


「 しかし!何かあるはずだ!皆が助かる何か方法が!待ってくれ!」


「 深淵魔法は発動までの時間は多少ありますが、五分や十分程度で全員をこの城から退去させることは不可能です!」


 こんな時私はどう行動すれば正解なのだろう。

 私のことはいいからみんなを助けて?

 ザゴバは死んだ方がマシだって言ってた。地獄みたいな所だったら怖い。

 とにかく一旦場所を変えて安全な場所で検討しましょう?でもたくさんの人を転移させるのって高等魔法だよね。その時点でロウの魔法が尽きたらどうしよう。

 私はギルバートやエマ、そしてノーマンの顔を思い浮かべて奥歯を噛む。彼らだってこの城にいるはず。そうよ、グレンの言う通りみんな助かる方法を考えなきゃ。でもどうやって?


「 どうするのです?早く答えを出しなさい!」


 …… 無理なんじゃないかな ……


 その時、大きな轟音と共に大広間の扉が開いた。どういうわけか扉も扉の前にあった瓦礫も扉の枠すらも粉々に砕け散り、モウモウとその場に煙り落ちた。


 今度は何だと全員が身構えるなか、その煙から姿を現したのは、漆黒の闇に染められた不機嫌な魔導師だった。

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