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155【傍聴人ルドラはリアリスト①前編】

いつもありがとうございます。


どうぞご覧ください。

「 戻ったか。見張りの者に見られはしなかったか?」


「 その心配はございません。というより何故か今宵は見張りが少なく、むしろ昨晩よりいくらか動き易く感じました。…… しかし予想通り王宮の北北東付近の警備は固く、カノン様はここに囚われていると思われます。」


「 やはりな。…… では部屋の位置と見張りの範囲を教えてくれ。」


 昼間の王宮の華やかさが嘘のように、部屋の中は静寂に満ちていた。

 それはそうだろう、すでに時計の針は午前二時に差し掛かっている。城内の探索から戻った騎士の報告と、それに応える私の声だけが部屋の中を通り過ぎようとするが、それすらも床の底に沈み吸い込まれていった。


 真夜中に小さな灯り一つでテーブルを取り囲み、四人が小声で話し合っているのには理由がある。我らが勇者であるカノン様を奪還すべく、その糸口を夜な夜な模索しているのだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ひと月ほど前になる、ラグドール王国に勇者が召喚され、世界中に散らばったバーミーズマウンテンの塔の石を探す旅が始まった。


 人の口に戸は立てられぬというが、勇者召喚の儀が成功すれば、勇者を護衛する騎士が必要になると噂が広がり、我々が所属する十二騎士団はどの隊が選ばれるのか、召喚される勇者の人数はどのくらいなのかと皆が期待と不安で浮き足立った。


 正直のところ選ばれようが外れようが、目下私にはそれよりも重大なことがあった。従ってその事に周りの者ほどの関心は無く、しかし所属する隊の団長であるアーシャ様の意気込みが凄くて( 本人はバレてないと思っていたのかもしれないが )、心中では『 選ばれればいいですね 』とどこか他人事のように思っていた。


 そう、アーシャ様は上に下品な言葉が付くくらい真面目なお方であり、そのくせ少年のように夢見がちというか、世間知らずな所がある。今までの任務では幾度となくその辺りを彼より年上であり、騎士団歴の長い私がフォローしてきたが、異世界の者の相手となると流石に私も対応しきれるのか自信が持てなかった。


 そして結果は見事当選。


 我が団長はさぞ晴れ晴れしいことだろうと顔色を伺うと、担当勇者がちまっとした少女であり、希望した者と違ったからか、アーシャ様は早くも勇者の取り扱いに困惑していた。まぁ相手が異世界の者であろうと、幼い少女であろうとなるようにしかならない。今まで通り我々は騎士としてその時出来る精一杯をやるだけだ。


 危惧されていた言葉の壁も問題なく、担当になった勇者、即ちカノン様は心優しい少女らしく、アーシャ様の指示に素直に従っていた。しかしどこか他人事だった私も、この辺りで自分の事だけを考える日々に終止符を打つ事になる。


 カノン様お付きの侍女に、あろうことか私の恋人であるロゼッタが選ばれたのだ。彼女はこのラグドール城での侍女歴が長い上に、容姿端麗かつ社交的とあれば当然なのかもしれないが、異世界の者のお世話など、良家のお嬢様である彼女にとって重荷になるのではと不安になった。


 そうなのだ、私にとっての重大事とは彼女のことであり、こんな事ならグズグズと迷うことなく、さっさとプロポーズしておくべきだったと、この時から何度思ったのか最早数え切れない。今では溜息が出る毎日だ。せめて団長であるアーシャ様へ私達の事を報告しておけば、彼女を担当の選別から外してもらえただろうと、後悔ばかりが頭を駆け巡った。


 そして不安的中、的中的中的中 ……。


 不安などと生温いものではない。あろうことかロゼッタは石探しの旅に自分も同行するのと嬉しそうに私に話した。…… いや、正直あの時は私も彼女と一緒に旅ができることの嬉しさのほうが優っていた。

 先に旅に出発したセナ様も、カノン様より更にちまちました侍女をお連れしたと聞いていたし、いざとなれば私が彼女を守れば良いだけの話だ、何も問題はないと思えた。


 いや、本音はそうじゃない、私は焦っていたのだ。


 ラグドール王国の精鋭部隊である騎士団員の中でも、今年三十歳となった私は年長者にあたる。年齢と共に反射神経や運動機能が衰えてくれば、やがて団員から城の警備や役人( 書類整理 )へとシフトチェンジされるだろう。


 対してロゼッタは侍女歴は長くとも花盛りの二十六歳、いつも明るい笑顔の聡明なキラキラ女子を狙っている男も多い。私としてはこの機をチャンスにお互いの関係を公のものにしたいという打算があった。


 本当に愚かだった。私のその浅はかで陳腐なプライドが彼女をのちに危険に晒すこととなった。


 石探しの旅で避けては通れない巨大な森があり、そこを通過するために、我々以外の隊が加わわった。本来なら騎士団とは各隊でそれぞれに細かい規律があり、合同の旅となれば割と面倒な話ではあったが、グレン様の隊に所属するロッシュが森の事情に精通しており、また彼らは団長に石探しの旅に置き去りにされたこともプラスとなって、私達は合同での任務を快く賛成してくれた。


 というのは表向きの理由である。


 ロゼッタと同じくカノン様の侍女に選ばれたイルーゼ殿は、実は密かにこのロッシュと恋仲であり、共に旅するのに都合が良かったというのが本音ではないかと気付いた。しかし私は彼女にそれを問い出すことはしなかった。それがなぜかと言えば、やはり彼女と共に任務に出れることに浮かれていたからだ。きっとロッシュだって嬉しいだろうと勘違いしていた。


 そうだな、最初の数日間は正に思い描いていた通りの展開だったな。


 私と彼女との関係を故意にバラしたつもりは無いが、合同とはいえそれほど多くない団体だ、自然と噂は広まり期待通りの公認となった。だからといって毎晩彼女と甘い夜を過ごせたかと言えばそれは無い。任務中だからという理由ではなく、他の隊員達に毎夜毎夜酒をおごれと散々愚痴られたからだ。ロゼッタは残念そうにしていたが彼女を他の男に取られるくらいなら、これくらいの酒代など惜しくはない。むしろこの時の酒は人生の中で一番美味く感じられた。


 この後のことは丁寧に記さなくてもあなたもご存知だろう?

 本当に森の中は散々だった。


 隊員との上下関係や規律などは勿論、勇者を守る使命などクソ喰らえだとすら本気で思った。満身創痍になった私に魔物が飛びかかってきたとき、ロゼッタは身を呈して私を庇い傷を負った。近くにいた魔導師が瞬時に回復を施してくれたが、私は彼女の血を見ると頭が真っ白になり、彼女を抱きかかえると安全な場所を必死で探した。そうだな、今になって思い返せばあの森に安全な場所などあろうはずがないのに、ポツンと佇む屋敷に迷わず私は逃げ込んだ。


 そう、あの恐ろしい蜘蛛の巣へ。


 意識が戻ると私の眼下には私を見上げるカノン様がいた。自分の置かれてる状況を把握すると同時に、私の人生が終焉を迎えはじめてることを理解した。

 自分は蜘蛛の魔物に捕らえられ、屋敷の天井に吊らされているのだ。唯一意識の戻ったカノン様が頑張ってはくれてるが、残念ながら彼女は異世界の人間なので魔物に立ち向かうすべは無い。


 これではもう、どうにもならない ……。


 不思議と涙は出なかった。蜘蛛の毒で身体を動かすことも声も出せなかったがそういうことではなく、彼女と …… ロゼッタとここで共に命を落とすことを悪くないと思えた。


 セイシェルワの森に入る前に、ロッシュがイルーゼ殿と激しく口論になり、そのことを踏まえて私もロゼッタに城へ戻ってはどうかと話をした。しかし彼女はゆっくりと首を横に振った。


「 これほど長くお付き合いしても、まだ私の事をご理解しておりませんのね。私はその恐ろしい森へ行かれる貴方の帰りを一人で待つ方がよほど恐ろしいですわ。 …… 守って下さいとは言いません、笑って生還するのも命を落とすのも共に実感したいのです。」


 そういって私の手に自分の手を重ね微笑んだ。


「 貴方と私は二人で一つ。どちらか一方が欠けても生きてはゆけません …… そうでございましょう?」


 この時私は自分を恥じた。彼女の私への愛を軽く見ていたことをだ。知らなかった。何年も …… 何年も時間を共にしても人はより深く愛することができるものなのだな。出会いからそうだったが彼女には教わってばかりだ、これもいつも通りだが私にはただ感謝することしか出来ない。…… そうだな、私達は二人で一つだ。


 そう死を覚悟し、気分が盛り上がってもここは物語なので予想外のことが起こるもの。


 万事休すと思われた所でカノン様に加勢する者が現れた。天井に磔にされ蜘蛛の糸でグルグル巻きなのでクリアには見えないが、屋敷に入ってきた男は、魔導師なのか電光石火の如く魔物を倒し、私達に微量ではあるが回復処置まで施してくれた。


 いったい何者だ??ソマリ国の魔導師であろうか?それともハンターを生業とするさすらいの旅人であろうか?いずれにしてもナイスタイミングでこの屋敷を訪れてくれたことに感謝だ。


 しかし助かるかもしれないと思った矢先状況は一変、形勢は再び劣勢に陥る。


 問題点はここからだ。


 読者が既に知っている事柄をだらだらと細かく振り返ったのには理由がある。

 部屋にいる総ての者が新たな魔物に壁面へと吹き飛ばされた。身体が麻痺しているとはいえこの暗闇の中、ロゼッタまで爆風に巻き込まれていると思うと精神が狂いそうになった。さっきは共に命を落としても構わないと思ったが、彼女が痛めつけられる姿はとても直視できるものではなかった。なんとか体を動かせないかと自分の中の魔力に集中したとき、ピタリと爆風がやんだ。


 …… なんだ? 何が起きた?


 気がつけば部屋の中の魔物はおろか、カノン様や魔導師の気配までが消えていた。


 助かったのか? あぁチクショウ、体に覆いかぶさる椅子や机を退かしたくても力が入らない。カノン様は魔物に連れ去られてしまったのだろうか? …… そうか、男は魔導師だ、きっとカノン様を安全な場所へと転移したのだろう。…… では魔物はどうなったのだ?


 気になる点はそれだけでは無かった。


 カノン様が …… 何か知らない言葉を叫んで …… いた?


 静寂の中ただ動けず、そして何か腑に落ちない状況に置かれ、今ほど耳にしたカノン様の言葉を思い返す。違和感は言葉だけではない、彼女のあの言い方はまるで使い慣れた呪文を唱える魔導師のようだった。確か異世界の者は魔法が使えないはずだ ……


「 へえ …… 凄いや! 今の何 ? …… 君も魔法使い ?? 」


 突然部屋に大きな声が響き飛び上がりそうになった。いや、体の麻痺がなければ間違いなく飛び上がっていただろう、それほどまでにその発言は唐突だった。


 それをきっかけに、隊員達の魔法は解けそれぞれが目醒めはじめた。男はカノン様に自分の事は他言するなと言い放つと素早くその場から立ち去った。結局何が何だか分からないまま、その後我々は無事に城へと帰還することとなった。


 話の辻褄を合わせて考えると、信じ難いことだがあのとき魔物を倒したのはカノン様なのではと推測する。同じく異世界から召喚されたセナ様とて、剣の腕前は団長級と噂されるほどだ、カノン様に特異な力があっても何ら不思議ではない。

 注目すべきはご本人様がその事を隠しているようなので、私としてもアーシャ様へ報告するべきか判断が出来兼ねた。…… もっとも報告したところで蜘蛛の毒で幻覚を見たのだろうと笑われるのがオチだ、それで私はもう少しこのまま経過を見ることに決めたのだった。


 それからは何事もなく旅は続き、起こったことといえば氷漬けだった隊員が復活した事と、ラグドールの端に位置するドウェルフの山が噴火した事だろうか。それらの事も大きな出来事だと思うが、私には私なりに直面していた出来事があった。


 それはソマリ王国に滞在中の事だ。この国の国王様の配慮があり、石集めの拠点として由緒あるホテルを貸し切っていただけた。

 そのホテルでカノン様の護衛として毎晩廊下で見張りをしていた時のことだ。私の見張りの時間は二十二時から深夜の二時までであり、カノン様は夕食後いつもロゼッタ達と大浴場へ行ったり、何をそんなに話すことがあるのか部屋の中でお喋りをしていた。


 それでもいつも日付けを超える前には其々が部屋へと戻り寝床についているようだったが、私は気づいてしまった。一人になったカノン様が深夜に部屋の中で何者かとヒソヒソ話しをしていることに。

 それも一人や二人ではない。明らかにロゼッタとは異なる女性の声や男性、それに子供の声まで聞こえて来るとさすがに最初は薄ら寒さを覚えた。翌朝になって建物の外側から窓を確認したり、ホテルの者に隠し通路のようなものがないか尋ねたりもした。だいたい勇者が滞在しているのだ、当然転移防止の魔法陣もホテルにはかけてある。部外者の侵入など考えられなかった。


 ではカノン様は誰と会っているのか? それを解決するためには扉を叩き部屋の中を確認すれば良いだけなのだが、もしも万が一もしかするとカノン様が多重人格者だったならどうする? 仮に彼女が声優を目指してて練習中だったなら私はどうすればいい?


 …… き、気まずい。


 それは非常に気まずいぞ。扉を開けた途端部屋にはカノン様しかおらず「 ヤダ聞いてたの!?」と恥ずかしそうにはにかんだ日には、ちょっともう護衛し難いレベルで気まずくなるかもしれん。


 しかし気になるものは気になる。


 そこで私は思いついた。ロゼッタがカノン様の部屋から出て行く際に、扉が完全に閉まらぬよう小さなクッションを挟ませた。これならばいつもより部屋の会話が廊下へと聞こえてくるだろう。少女の部屋の会話を盗み聞きするという若干の後ろめたさはあるものの、カノン様の安全性さえ確認できればそれで良いのだ。半ば自分にそう言い聞かせ見張りを続けていると、今夜もあの者達の声が聞こえて来た。


「 姉様は今日も石を戻したのですねー!」


「 うん!でも今日のは小さめだったからそんなに疲れてないよ!」


「 そうか、なら母上様からの差し入れは必要なさそうだな。」


「 ちょっと待ってよ青くん!それは渡月銀八さんの生どら焼き!? いやぁん、食べる食べる〜!」


「 まぁ花音、こんな真夜中に甘い物を食べるなんて太りますわよ〜 。」


「 いいんじゃねーの? 花音ちゃんは痩せ過ぎなんだし!もっとふかふかでもいいと思うぜ!」


「 だよねー!白くん、ホラみんなも食べよーよ!」


 …………… 問題ナシだな。


 驚くべきことに、この者達はカノン様のご兄妹もしくはご友人であり、カノン様は異世界召喚の儀を行えるのだ! ということは彼女は隠しているが、あの世紀の天才魔導師と謳われるフレデリック・アンダーソンと同等、もしくはそれ以上の魔力を保有しておられるのだ。


 ここで漸くパズルのピースがピタリとはまる。


 そうか、セイシェルワの森で魔物を倒したのはやはりカノン様だったのだ。あのとき魔物と自分ともう一人の男を外へと転移させ見事に倒し、また屋敷へと戻ったのだろう。…… そうか …… そうか ……。


 アレッ!? それならばこうして私などが護衛するなど、彼女には必要ないのではないか!?

 ………。

 ……………。

 ………………… ロゼッタの部屋に行ってしまおうかな。


 いかんいかんッ!!カノン様はご自分が魔導師であることを隠しておられるのだ!よほどのことがない限り人前で魔法を使うことはしないだろう。ならば私がこうして護衛の任に就くのも必要であるのだ。


 さて、という事はだ。これからどうするか ……。


 この事実をアーシャ様に報告するべきかどうかだが …… すべきだろうな、うん、するべきだ。

 …… しかしだな、う〜む、しかしだなぁ。


 アーシャ様はカノン様のあのちんまりとした愛くるしい儚さにやられちゃってるワケだしなぁ。せっかく高価な退魔石( 宝石 )までプレゼントしたのに、護衛してる相手は魔法のヘビーユーザーでしたとは言いにくい。おまけに今回の任務には魔導師も加わっていて、今はそれなりに騎士団とも良い関係を築いているもんなぁ。ここで守るべき相手が自分らよりレベルが高いのって …… 気まずいよなぁ。


 腕を組んでアレコレ解決策を考え混んでいると、急にゾワリと視線を感じた。慌てて扉に顔を向けると口から魂が出そうになる。ほんの少しだけ開いていた扉は今は十センチほど開けられ、そこから小さな子供が私を見上げている。その子供はニタリと口角を上げた。


「 お前 …… 誰にも言うなよ?」


 その表情はとても子供のものとは思えぬほど凄味があり『 無邪気 』というより『 無邪鬼 』に近い。逆らうことなど出来ない私はコクコクと首を縦に振った。


「 げんちゃんどうかした〜?」


 部屋の奥からカノン様の呑気な声が届いても、私はその子供から視線が外せなかった。げんちゃんと呼ばれる子供は私を見上げたままゆっくりと扉を閉めた。


「 別に〜〜、姉様何でもないです〜〜。」


 パタンと完全に閉じた扉に逆に安堵しながら腕の鳥肌をさすり、私は心のどこかで感じたその考えに蓋をすることにした。


 あの子供は絶対にカノン様の妹などではない ……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「 間違いないな、カノン様らは恐らくこの辺りに閉じ込められているだろう。予定通り明日ここから侵入する。」


 ラグドールの騎士と魔導師をあまり舐めないでほしい。シャム王宮の警備が緩いとは言わないが、この程度の困難など私達は幾度も乗り越えて来た。 素直にカノン様を返していただければ、私もここまでするつもりは無かったのだが、…… フッ、笑わせてくれる。カノン様がラグドール王国や石集めに嫌気がさしただと? 騎士や魔導師の対応に不満があるだと? 隊員の誰一人そのような戯言を信じる者などおらぬわ!


「 どうした? おかしな顔をして。」


 綿密な下調べのお陰でカノン様奪還計画に穴はない。そろそろ今夜のミーティングも解散かという頃に、私の対面にいる隊員が不思議そうな表情で私の背後を見ている。


「 ル、ルドラ様 …… あ、あれは何です?」


 もともと話してる内容が密談なのだから小声なのは仕方ないが、そこに裏返りと震えが入ると逆に何故か面白い。何だ? 私の後ろに何かあるのか? 私は吹き出しそうになるのを堪えて振り返った。


 なんだアレは ……??


 背後の壁には大き目の窓枠が三箇所ある。シャム国は温暖な気候のためそこにガラスなどは嵌め込まれていない。今は吸い込まれるような外の暗闇が見えるのみだった。

 その窓の枠に正気のない白い手が引っ掛かっている。いや、引っ掛かるという表現は正しくない、今も四人が見守るなかもう片方の手がゆっくりと外側から伸びてきて内側にプランと垂れた。すると他の窓にも同じように手が続々と這い出て来る。これはとても生者の所業とは思えない。死者の成せる怪異を目の当たりにし、我々はその場に凍りついた。


 しかし凄いな、ここを何階だと思っているのだ? 地上からかなりあるぞ? その姿勢はしんどくないか?霊的な者だから関係ないのか?


「 ヒィッ!!!」


 隊員の喉の奥から出る締め付けるような悲鳴に呼応するように、その不気味な白い手は窓枠の横手や上部からまでも伸びてくる、いったい彼ら( 彼女ら?)の重力はどうなっているのだろうか?


「 ル、ル、ル、ル〜ドラ様ッ!! ど、ど、ど、」


 やめろ、人の名前を歌を歌うように奏でるな。私だって他の三人と同様に、少しはこの状況に恐怖を感じているのだぞ? それなのにそんな変な不協和音で名を呼ばれれば思わず吹き出しそうになるじゃないか。私にどうにかしろと言いたいのか? しかし相手は窓に手を掛けているだけで、別に私達に襲いかかってきてはいない。ここはむしろ紳士的に手を差し伸べて引き上げるべきではなかろうか?


「 あ、あ、あ、頭がッ ……!?」


 なるほど、私の隣の魔導師の指差す方の窓枠には漸く手の持ち主の頭が見えてきている。というかこの魔導師は光魔法の使い手でしょう? 身体をガタガタさせてないで呪文を唱えないか? この死者達を昇天させる気遣いはないのだろうか?


「「「 あ、あ、あ、 」」」


 ほう、意外だな。なんと窓枠に顔を出したのは女性ではないか!? 細い繊細な手からそうではないかとある程度予想はしていたが、何という腕の力と忍耐力!! 物凄く怨みがましい目でこちらに睨みをきかす。ヨシ!いいだろう。何か言いたいことがあるのなら是非話しを聞こうではないか。そう思い立ち上がろうとすると、自分の周りでバタリと音がした。


「 …… おいおい、お前たち休むのなら寝室へ行くのだ。こんな所で眠ってしまっては明日の任務に差し支えるぞ?」


 やれやれ。三人はテーブルに突っ伏して気を失ってしまった。魔導師は良いとして、部下はこの程度で腰を抜かすとは鍛え直さねばならぬな。ため息を漏らしながらもう一度窓をみると、そこには何事も無かったかのように静寂と暗闇のみが残されていた。


「 …… 全く何なんだ。」


 騎士団に長くいればこのような事は稀に起こる。今回のは少し変わった霊体でちょっとだけ背筋に冷たいものは走ったが、それよりも今からコイツらを運ぶ方がよっぽど汗をかきそうでうんざりした。

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