113【最後の晩餐】
「 そんなッ!? …… んんッ??」
いったい何回キスすんのよッッ!!!これってもう絶対挨拶のキスじゃないわよね?じゃあ何なんだっつーの! …… もしかしてあれ?これが噂に聞く都合のいい女って奴??
「 んんッ!…… んんーんッ!?…… んぅッ!!」
「 ははっ!! やっと元気になったな? バタバタするなよ!可愛いな。…… どうする?このまま寝るか??」
はぁ ──?? 寝るってなにッ!? まさか一緒に寝るってことッ!? あなたと?わたしがぁ??
「 腹減ってないか? 私もさっき目覚めたから食堂でも覗こうかと思ってな!付き合わないか?」
グレンは「 ヨッ!」と体を起こすと実に爽やかな笑顔で振り返った。
あなた今の状況分かってる? かなり重めの詐欺にあったうえに、半裸にされ水攻め、挙句ベッドに放り投げホットケーキみたいにペッてひっくり返され問答無用でひん剥かれ …… あ、なんか落ち込んできた ……。
「 起きれないか? 回復薬は傷や魔力は戻しても失った血液までは戻せないからな。だるかったらこのままゆっくり休めばいいぞ?」
あっ!そーゆーこと? このまま寝るって。そうよね ……。焦ったわー 。
なぁんだと私も体を起こすと、確かに少し体がフラつく。それを見たグレンはまたベッドに腰を下ろし、私の剥き出しの肩にキスをしてニィッと笑った。
あ …… れ …… ? グレンてこんな感じだった?
なんか …… 今までとは違うような??
元々旅のメンバーの前では割と砕けてたけど、更に「地」が出てません?まぁボーッとしてる私が悪いのかもしれないけど、今も勝手(?)に色んなところをチュッチュしてくる。
アッ!ちょっとッ!! なにシレッとタオル下ろそうとしてんのよッ!?
「 ぅはッ!!なんだよ!そこは抵抗するのかッ!? 」
当たり前じゃいッ!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 本当にごめんなさいぃぃッ!!!」
もうホント地面に頭が着きそうな勢いで頭を下げた。みんなは「 いいって!いいって!」みたいな軽いノリで笑っている。
部屋を出て石段を降りると、グレンが「みんな待ってるみたいだぞ?」と苦笑いした。
いやいや、もう真夜中の三時を回っているのよ?そんなわけないだろうと食堂に足を踏み入れると、そこにはフレデリックやリュカ、サラだけでなく( 流石にターニャはお休みでした )、奏太やアーシャ達など塔に行ったメンバーが待っていた。
操られてたとはいえ、思い切り傷つけてしまったのだ、こんな場所にノコノコと顔を出せる立場ではない。即刻その場から消え去りたかったけど、それよりもまず謝るのが先だった。
「 それでは皆さまお揃いになったことですし、お飲物をお出し致しましょう!」
シェフ!? こんな時間まで起きてたの?ここって二十四時間営業じゃなかったわよね?
「 セナ様のお席はこちらです!!」
驚いたまま突っ立ってる私を、リュカが手を引っ張り席へと通される。この子のこんなに優しげな笑顔を見たのは初めてかもしれない。見間違いかもしれないけど彼の目には涙が薄っすらと浮かんでいるようにも見えた。対面に着席したグレンが指で座れと仕草を送るから、選択の余地なく私も腰を下ろす。
するとそれを合図に次々と飲み物や温かい料理が運ばれ始め、みんなの口から驚く事を聞かされる。
「 やあっと食えるッ!!セナ様が朝までお休みになったらどうしようかと思ったぜ!」
「 もうお腹ペコペコ〜! きゃあ!あれ美味しそうねッ!!」
朝までって …… まさかみんな ………。
音を鳴らして椅子から立ち上がると、みんなが気づいて私に注目する。私はフラリとよろけた。
「 みんな …… お城に戻ってから何も食べてないの?」
「「「「「 まぁ、そりゃ 〜 ね? 」」」」」
みんながみんな口を揃えてそう言ったわけじゃないけど、だいたいそんな感じでそれぞれが苦笑い。
……… 信じられない!! 私はまた深々と頭を下げた。
「 別に誰が言い出したとかじゃないみたいだ。何となく食べる機会がずれてこうなったらしい。」
ずれてって、あれからどれほどの時間が立ってると思って ……。グレンが彼の隣にいるフレデリックに顔を向けると、フレデリックもやんわりと笑顔を見せた。もともとあまり感情を面に出さないから分かりにくいけど、今夜のフレデリックは、なぜだか少し寂しげな表情をしていた。
まぁ座れ、とグレンに言われてストンと腰を下ろすと、用意されたグラスに白い液体が注がれる。
「 グレン様とセナ様は病み上がりですのでミルクでございます。」
えっ? ちょっと …… 食事に合うかしら??
私が大人しく頷くと、今度はグレンが立ち上がった。
「 オイッ!ふざけるなッ!これは何のつもりだ!!私にも酒だ!!」
…… 結局グレンはミルクを交換してもらえず、そのまま乾杯するとあとは賑やかなミニ宴会となった。
耳の痛い話だからあまり聞きたい話ではなかったけど、この世界で『呪い』を受ける事は「あるあるネタ」のようで、食欲が満たされるとみんなの話題がそれで盛り上がった。
「 彼女にプレゼントと思い贈った指輪に呪いが掛けられているとは知らず、渡したら彼女に呪いがかかってて大喧嘩になった話 」や「 お婆様が呪いの箱を開けてしまったが、普段から棒を振り回す気性の荒いお婆様だったから、呪いを受けてる事に誰も気がつかなかった話 」
笑える立場じゃないと思っても、お腹が痛くなるくらい可笑しい。なんといってもフレデリックのあの話は食堂を笑いの渦に巻き込んだ。
彼はおずおずと手を挙げて話し出した。
「 これは城に来たての頃ですが、初めて見る魔法書に舞い上がってしまい、難易度の高い魔術を次々に発動させていました。そしたら偶然中庭をオーティス様が通られて、運悪く魔法が命中してしまい困りました ……。」
「 えぇ!?あれってフレデリック様の仕業だったのですかッ!? 」
魔導師のテーブルがどよめき始め、フレデリックはグラスのお酒を飲み干すと、フゥと息を吐いた。
状況を詳しく尋ねると、堅物のオーティスがお花畑で倒れていたため、遂に天に召されたと魔導師塔では大騒ぎになったらしい。
それが眠ってるだけだと分かると、今度は人騒がせだと彼を寝室へと運び、それから約一ヶ月の間、まさか彼が呪いにかけられてるとは知らず放置された。そのうち誰かがようやく気がつき、呪いを解いてもらえたようだ。
「 あの時は大騒ぎになったよな? 気付いた人偉いよ!オーティス様をお見かけしなくても、何か美味い物でも食べに出たのかな〜位にしか思わないし。」
魔導師達が感心するなか、フレデリックはふんわりと笑う。その笑顔を正面から見てしまったララノアはデザートのスプーンをポロリと落として慌てていた。
「 それも私です。誰も気がつかないので仕方なく自分で、最近お姿が見えませんね?と申告しました。」
「 まさか!ではあの時呪いを解いたのはフレデリック様なのですか?」
「 ええ、同じく私です。掛けたのはいいけど解き方が分からなくて途方に暮れました。修得するまで一ヶ月ほどかかりましたね。」
フレデリックは少し照れながら恥ずかしそうにはにかむ。でもそれってみんなの前で言っちゃっていいの? まぁ会場は大爆笑だからいいのか。
「 セナ様はどうやって呪いを受けたのですか?」
ひとしきり笑いが続き収まると、唐突に隊員に聞かれて私は答えに詰まった。
あれ?そういえば私どうやって呪いを受けたんだろう??
「 台座の所にあった小さな箱です。覚えてませんか?」
「 箱? そ …… うだったかしら?」
全然思い出せない。その後みんなを傷つけた事は全てじゃないけど割とはっきり思い出せるのに ……。
「 ソウタ様もですか?」
……… えっ??
「 俺? んー?? そうなんだよなぁ、気がついたら石を戻してたって感じで、実は塔の中へどうやって入ったかもあんまり覚えてないんだ。いやほんっとスミマセン!!」
驚いた ……。
暴走したのは私だけじゃなかった。塔の下であらかた魔物を片付けたとき、奏太はフラリと塔の中へと入って行き、気づいた者達で慌てて救助したらしい。奏太は魔物に毒の攻撃をされても、石を探し続けることをやめなかったようだ。
異世界人は魔法に耐性がないから、呪いに引き込まれ易いのかもと皆が結論付けた。
「 それで石は見つけられたの?」
「 全部じゃない、二つだけ。」
二つか ……。
塔の中にはもっとあったはず、できれば全部回収したかった。
そこで私はハッとした。もしかすると奏太は命を落としたかもしれないのに、もっと回収したかったと思うなんてどうかしている。石のことになると異常なまでに執着するこの感情に、私は身震いをした。
「 ところで、グレン様達はいつソマリへ行かれるのですか?」
「 そうだな、私の体調が万全になり次第かな? アルコールさえたらふく飲めば今すぐにでも行けるのだが。」
グレンが注がれるミルクをうらめしげに睨むと、またみんながクスクスと笑った。
そう、次の行き先はソマリ王国だ。
塔で凍らされた隊員達を無事に連れ帰ることができれば、私達は雪国に棲息する魔物『フィンブル』の居場所を知るため、ソマリ国にいる占い師の元へと訪れる予定となっていた。
グレンはどこをどう見ても、もう体力は復活している。多分だけど私のことを気遣ってああ言ったのだろう。これ以上みんなの足を引っ張るわけにはいかないから、早く体力を戻さなきゃ!
「 そういえばセナ様、お聞きしたい事がございます。剣を交えてた時ですが、私の動きを殆ど先読みされてたように感じました。…… セナ様は予知能力でもお持ちなのですか??」
テーブルから身を乗り出すようにリュカが不満顔を向けた。十代の男の子が断食するのは辛かったでしょう? あんなに食べたのに彼の前にはデザートが六皿も並んでいるのが微笑ましかった。
「 予知能力?そんなの無いわよ。」
では何故??とリュカは食い下がる。仲間に対して暴力を振るったのだ、できればあまり話したくなかったが仕方ない。私は渋々口を開いた。
「 リュカの癖を覚えているからよ。」
「 癖 …… ですか? 私に癖なんてあるのですか?」
「 ええと、じゃあリュカじゃなくて例えばで言うと、ある技を出す時に踏み込む足だったり、肩の向きだったり、その人の癖ってあるでしょ?」
リュカは真一文字に剣を斬る前に、大きく右足を前に出すため左足を踏み込む。それと同時に右側の鎖骨の窪みが深くなる。ここまでは他にもあと二つの技があるんだけど、顔の角度が少しだけ左に振れるのは一つだけだから、この時点で私は右側に縦に剣を構えれば余裕で攻撃を防げる。
もっと言うなら、その技だと分かった時点でリュカの右脇腹には隙ができて弱点になる。二刀流であれば、片方で剣を防いでもう片方で脇を斬りつければいい。
「 そんなッ!あり得ません!僕の癖を全て把握していると言うのですかッ!?」
あり得ないって言われても、リュカの技はたかだか三十六個なんだから、グレンと比べてもかなり少ないのよ? まぁでも剣士としてはショックかもしれないわね、動揺して一人称が『僕』になっちゃってる。リュカのこういうところがたまらなく可愛い。
「 ではあの時セナはリュカを吹っ飛ばしていたが、お前にそれほど筋力があるとは思えぬぞ?あれはどうやったのだ?」
えー?それも聞く?
攻撃しちゃったのが自分だから自白するように私は答えるしかなかった。この質問には尋ねたグレンだけでなく他の騎士たちも興味津々だ。
「 …… 反動よ。足技の威力を上げる時はまず腕から、そして上半身を回転させ最後に足だけど、助走もプラスすればある程度の人にダメージは与えられるの。リュカは剣から弓に切り替えてたから直立してたでしょ?剣の時と違って踏ん張りが効かないから飛ばしやすかったのよ。」
ほら、聞いたら凹むじゃない。だからあんまり話したくなかったのよ。リュカはシュンとなってデザート皿をいじくり回した。
「 弓に変えた事が返って仇になったのですか ……。なるほど肋骨が折れるわけですね。」
「 えっ!! 折れたのッッッ!?」
うぅ…… 本当にごめんなさい。
「 因みにですが、ロッド様は手首が折れてましたよ。」
ヒャアッ!!いやだ! 汗が止まらないッ!!
「 そうですセナ様! 私だって鍛え抜かれた騎士です!どうやってこの骨を砕いたのですか?」
少し離れた場所からロッドが腕をプラプラと振って見せる。私は汗を拭いながら目の前にいるグレンを見ると、彼は部屋にいた時とは別人のような表情をしていた。完全に団長の顔だ。
「 お、お、折れてたのね? ほ、ほ、本当にごめんなさいッッ!! ええっと、ロッドは …… 剣を弾いた時よね? あれは単純にロッドの力を利用して骨の関節を狙えば誰だって出来るわ?」
「 利用??」
「 ええと、ロッド自身が大剣を振り回す強い力があるから、剣を振り切る一番加速度が大きい所で、手首の関節に自分の剣の硬い部分を当てに行ったの。」
わぁ …… 静かになってしまった。
…… 引いてるの? ……… みんな引いてるわよね?
魔導師達からは「 すご〜い!」って小さな拍手まで上がってるけど、騎士達は超ドン引き。
そうよね、今話したことは説明ほど簡単ではない。普段から剣を扱っている者ほど、この難しさは理解できるだろう。まして実戦で使えるまでには相当な訓練が必要だと思う。
「 セナ様凄いや!私の癖を後で教えて下さい!…… それに私でもセナ様のような体術を使えるようになりますか?」
リュカが『私』に戻ってる。この子は立ち直りが早いのも長所の一つね。
「 それはなれると思うけど ……。」
途端に彼はパアッと輝く。
うぅなんて眩しいの。
「 では明日から毎日私に教えて下さい!! グレン様!宜しいですか??」
うっ? えっ?? 教える!? 毎日!?
「 いいだろう、部下が強くなるのは大歓迎だ。私もぜひ見学させてもらう。風呂やベッドではあんなに簡単に転がされるほどひ弱な体なのに、全く驚くべき体術だな!!」
おいグレン様よ? あんためちゃくちゃ前のめりで何口走ってんの!? 今度こそ魔導師まで黙り込んだじゃない。
「ん?どうした?」じゃないわよ。みんな色々想像してるみたいよ? 事実を赤裸々に説明するのも嫌だけど、あらぬ事を推測されるのも困る。誰かこの人を何とかして、腕じゃなくて口を削ぐべきだったわ。
……… いろんなことが頭の中をぐるぐる回るけど、私はミルクをちびちび飲んだ。
「 ねぇそういえば、グレンはどうやってセナ様に回復薬を飲ませる事ができたの?私達の誰が言ってもきかなかったのに。」
えっ? このタイミングでその質問?
ララノアは薄っすら笑みを浮かべてる。なんか怖いんだけど。すみません、言うこと聞かなくて。
「 ああ回復薬な?…… 何を言っても人の話を聞きやしないし、頑なに飲もうとしないから私が飲ませた。口移しでな!」
カッチーンッ!? 何ですって!? 飲もうとしたじゃない!それをあなたがヒョイって横取りしたのよッ!!あーもー ……… ミルク頭からかけていいですか??ってか誰か私に剣を貸してくれませんか?グレンを串刺しにするから。なんなら三枚おろしでもいい。俯いたまま顔を上げられないじゃない!なんかこの部屋暑くない? おかしいなぁ?もう熱は下がったと思ったのになー? 回復薬が効かなかったのかしら?
気まずい空気の中、口を開いたのはフレデリックだった。
「 そうですか、では次回は私が飲ませてあげましょう。たとえ無理やりでも我慢して下さいね。」
……… 熱は下がったみたい。
って言うかね? 長テーブルで食事をしてるのよ。
そう、最後の晩餐の絵画みたいな食堂で。あんなに横一列じゃなくてみんな仲良く向かい合わせでね?
で、私の正面に二人がいるのよ。グレンとフレデリックが! 隣り合わせでね!
この凍りついた空気に耐えきれず、私は思い切って顔を上げた。
二人は顔を向かい合わせ、驚いているグレンに対して、フレデリックはニッコリと微笑んでいる。彼は私の視線に気がつくと、その美しい笑み絶やさぬまま首を傾げた。
「 分かりましたね? セナ。」