【転章】 おれだって信じられないんだよ
大魔王アレン。
歴代の魔王で、最も恐ろしく、最も強い怪物。
赤ん坊ながらに世界を支配した最凶の大魔王。
だが、おれはそいつの恐ろしさを知らない。
大魔王が出現したのは、おれが生まれ変わったのとまったく同時期だったからだ。正直いって魔王どころではなかった。
まだ幼いおれに、両親は気を遣っていたのかもしれない。魔王の存在を、当時はほとんど知らなかった。
それでも、奴の凶悪っぷりはたまに話題に上る。書物にも多く伝承されているのだ。
大魔王の恐ろしさを肌で感じたことはないが、奴がとんでもない化け物だということはわかる。
そんな奴がーールーラル国を支配したらしい。
というおぞましい情報を知ったのはつい最近のことだ。
偶然ではあるまい。
大魔王アレンの出現と、勇者アルスの出現。
この二つのタイミングがぴたりと重なったのは。
そしておれは、平凡な学園生活すらも送ることができなくなった。
ノスタルディア王国の騎士が、《勇者》たるおれを呼びにきたのである。
★
「おぬしが新たな《勇者》か。名をなんと言う」
「はい。アルス・ブライトと申します」
謁見の間。
おれは全身を震わせながら、ノスタルディア国王の前に膝をついていた。
国王と謁見。
前世で例えるならば、天皇陛下と相対しているようなものだ。
この場で緊張しない者がいようか。
天井には優美な曲線を描くシャンデリアが吊されており、優しげな光彩を放っている。
壁面は純白を基調に作られていて、ところどころに金色のラインが施されている。
そして床には、染みひとつない赤い絨毯。
すべてが豪勢。
前世を含めてもこんな場所に来たことなどない。ガクガクブルブルだ。
壁際では、何人ものお偉方が、おれと国王のやり取りを見守っている。おそらくは王族か、かなり位の高い貴族であろう。
なかでも数名、おれと同年代と思われる男が、憎らしげにおれを睨んでいた。
たしか彼らは国王の息子だったか。
そんな視線に気づいたのか、国王はため息をつきながら言った。
「辞めなさい。この者は勇者だぞ」
父親の言葉に、息子たちは小さく鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。
国王はまたもため息をつくと、慈愛を称えた瞳でおれを見据えた。
「気を悪くしないでくれアルス殿。みな王族として、我こそは世界を救わんと息巻いていたのだ」
「あ、ああ……なるほど」
国王の発言に、おれは息子たちの心中を悟った。
たぶん、彼らはおれと同い年なのだ。
《勇者》の称号を得て、いつか救世主になろうと夢見ていたのだろう。
なにしろ彼らは王の息子なのだ。その可能性は充分にある。
なのにーーその《勇者》となったのは王族でも貴族でもなく、平凡な街人のおれ。
そりゃあ怒りたくもなるか。
「納得できませんね」
そして実際に、息子のひとりが声をあげた。
「その者が本当に《勇者》であるならば、ステータスを見せてもらいたい。それで私たちより劣るのであれば、魔王の討伐は私たちに任せていただけませんか」
「おい、いい加減に……」
さすがに怒りはじめた国王に、おれは
「構いませんよ」
とだけ告げた。
おれとしても、いきなり勇者の称号を与えられ、納得しかねている部分があるのだ。
本当は勇者ではありませんでしたーーそんなふうに言われたほうが、よほど得心がいくくらいに。