【転章】 勇者アルス
おれは生まれた頃から意識があった。
アルス・ブライト。
それがおれの名前だ。
初めて《意識》を感じたとき、両親らしき若い男女が涙ながらに「アルスアルス」と呼んでくるので、それがおれの名前だと知れた。
「ア……ルス?」
だから初めて自分の名前を告げたとき、両親がふいにぞっとした顔をしたものだ。
産声うぶごえでなく、いきなり自身の名前を呼んだもんだから。
直感的にやべえと感じた当時のおれは、うぎゃあうぎゃあと泣き声の真似をした。
「なんだ、いまのは気のせいか」
「うん、きっと気のせいよ」
さっきの怪奇現象を《気のせい》で片づけ、母親は泣きじゃくるおれを抱き抱えた。
おい馬鹿やめろやめろ胸が当たる!
「おい、なんかアルスの顔が赤いぞ」
「あらほんと。どうしたのかしら」
「うぎゃあうぎゃあ!」
なかば悲鳴のような泣き声をあげながら、おれはふとした事に気づいた。
ーーここはどこだ?
おれはたしか、赤ん坊などではなく、十七歳の高校生だったはずだ。
住まいは日本。
英語の授業中、うとうとしているところで、急に地震が発生した。
そのまま意識を失いーー気づいたらここにいた。
え、これってもしかして、生まれ変わっちゃったってやつ?
まわりを見てみても、生まれ故郷の面影はいっさいない。
そもそも両親からして姿形がまるで違う。
父親は金髪、母親は赤い髪。
分娩室も木造でできており、どこか古びているように感じられる。
コンピューターの類もいっさい見当たらない。
歴史に疎いおれでも、ここが近代の日本ではなく、あきらかな異世界だということが見てとれる。
いったいどうなってる。本当に異世界に転生でもしちまったのか?
「ああ、こんなに泣いて。私の可愛いアルス」
また胸にぎゅっと押しつけられ、
「うぎゃーーーーーーーーーー!」
おれは絶叫をあげた。
まるで信じられない。
だが、夢ではなさそうだった。
それから一七年。
おれは神童と褒めたたえられてきた。
年齢にそぐわない知性。
飛び抜けた運動能力。
そしてこの世界においては《魔法》なるものが存在するらしい。
その魔法においても、おれは大きな実力を見せた。
知性については、前世を合わせて一七年ぶんのアドバンテージがあるので、突出しているのも納得がいく。
だが、運動能力、および魔法についてはおれはまるで素人。
この二つまで飛び抜けているとはどういうことなのか。
それだけがわからなかった。