我が帝国
「す、素晴らしい!」
ふいにそんな声が聞こえて、俺は振り向いた。
龍の絵が彫られた金色の二枚扉ーーもっともいまは返り血で汚れているがーーを背景にして、ひとりの男が俺に拍手を向けていた。
でっぷりと肥えた身体に、目に悪い装飾の数々。いくつもの指輪やネックレスがどぎつい光彩を放っており、正直見ているだけで苛立ちそうになる。頭の上には、こちらも豪勢な王冠が乗っていてーー
王冠?
その言葉が脳裏に浮かんだとき、俺は心の底から憎悪がくすぶるのを感じた。
「おまえがルーラル国王か」
「い、いかにも」
国のトップに立つ男の表情は、しかしぎこちなかった。これ以上俺に近寄ることもなく、固い表情のまま俺に問いかける。
「さきほどの言葉、しかと聞き届けたぞ。お主が魔王リステルガーを退治してくれるとな」
俺は眉に皺を寄せた。
俺が魔王リステルガーを殺す。
たしかに言った。だがいったいそれがなんだと……
そこまで考えて、俺の頭にひらめくものがあった。さきほどの魔物の襲撃で、人間はろくに対抗できていなかった。剣の一振りさえ当てることができず、その命をあっけなく散らしていった。
人間側は、新しく誕生した魔王リステルガーを対処することができない。一体一体の魔物ですら倒せないのでは、その頂点に立つ魔王の討伐など望むべくもないだろう。
「なるほどな」
と俺は冷ややかに言った。
「リステルガーを倒してほしいがために俺を呼んだのか。十七年も監禁しておいて、俺にいいように動いてもらうために」
「そ、それは……」
狼狽したように国王が視線をちらつかせる。
ふいに窓の外に目を向けると、十七年前はたしかに栄えていたルーラル城下町は、混沌たる様相を呈していた。
家屋の約四割が半壊している。人間の死体があちこちに転がっている。住居を失った人間もいるのだろう、路面で仰向けになり、苦しそうにうずくまっている者もそこかしこにいる。
やはりだ。
人間では迫りくる魔物に対処できない。だから城下町だけでなく、城にまで奴らの侵入を許してしまった。
俺は国王に目も向けずに言い放った。
「なにか勘違いしてないか。俺はおまえの駒じゃない。俺を解放したところで、上手いこといいなりになるわけないだろうよ」
人間は十七年も俺を封じてきた。わけもわからず解放されて、それで魔王を倒してくださいと言われても、すんなり了承できるはずもない。
俺は国王へ向けて右腕を突き出した。邪悪な漆黒のオーラが俺を包み、あとはすこし魔力を込めるだけで国王は木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「ひっ!」
国王が白い顔で後ずさり、二枚扉に背をつけた。
「わ、わかった! ならば城の部屋の一部をおまえにやろう! 飯も好きなだけ出す! 奴隷の女を好きにしてやっても構わん! だ、だからーー」
なんと醜い。死の危険にさらされた国王は、額にどろどろと汗を垂らしながら懇願している。いつも彼を守ってくれているはずの騎士は、もうここにはいない。
狼狽する国王を前に、俺は手を引っ込め、にやりと笑ってみせた。つかつかと国王の前に歩み寄り、ひえええええっと身を縮めている国王の頭から、王冠を奪い取る。
「ならばこの国をもらおう。国王よ、貴様は今日から奴隷だ」