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宣戦布告

 突如。

 腹部に強烈な痛みが走って意識が戻った。


 俺は悲鳴をあげて後方に吹っ飛んだ。ゾンビに思い切り腹を殴打されたらしい。視線だけをちらりと寄越すと、攻撃を見事に当てたゾンビは、なぜか険しい表情で固まっていた。


 俺は空中で姿勢を建て直し、肩膝をついて床に着地した。腹部にはまだ鈍い痛みが残っているが、命に別状はなさそうだった。


 ――いや。



 この一撃から免れたところで何になろう。周囲を見渡せば、王城を警備していた戦士はひとり残らず死んでいる。反して、怪物どもの数はほとんど減っていない。絶望的な状況といわざるをえない。


 俺はふらつく足どりで立ち上がった。


 百体近くの怪物に囲まれながら、俺は必死に思考を整理しようとした。

 さっきの映像はきっと俺の過去だ。俺はかつて魔王と呼ばれていた。魔物たちを部下と称し、過酷に扱っていたことも覚えている。だからおそらくこれは――復讐か。


「違いますよ」

 そんな俺の思考を読んだかのように、ゾンビがくぐもるような声を発した。彼は魔物の集団の中心にいた。

「たしかにあなたに言ってやりたいことは山ほどありますが、我々の目的は復讐ではありません。我々はすでに新しい魔王様のしもべなのです」

「新しい、魔王……」


 十七年も拘束されていた間に、新たなる強者が誕生したということか。


 俺だってそうだ。この世に生を授かった瞬間から、俺は全魔物を超えていた。赤ん坊の姿ながら、知力、魔力ともにすべての魔物の頂点に立った。前代の魔王リュザークを瞬殺し、生後まもなく魔王の位についた。だからこそみんな俺を恐れたし、デタラメな強さを持つ怪物どもを恐怖政治によって操ることができた。


 だが、神父の教えによれば、恐怖によって人を操ることはできても、尊敬されることはない。そして俺はいま、まさに過去の部下に殺されようとしている。


「私の攻撃を喰らってまだ平気だとは、さすがは前代の魔王です。すべての魔力が戻る前に、あなたを殺害する――それが、魔王リステルガー様のお達しです」


 魔王リステルガーとは、おそらく現在の魔王であろう。推察するに、俺が今日、あの牢獄から解放されることをどこかから嗅ぎ付けたのだと思う。そこを狙ったのだ。


 わずかな怒りがこみ上げてくる。

 やっと記憶を取り戻したと思ったら、結局はこれか。俺は死ぬのか。昔の部下に殺されるのか。


 ふざけるな……


 途端、全身に微量ながら熱いものを感じた。拘束された両手がぶるぶる震え出す。未知なる力の胎動がわき起こってくる。


「おや」

 とゾンビが眉をぴくりとした。

「まさかあなたのそんな顔が見られるとは……アレン様でも死は怖いんですな」


 くっくっく。

 くぐもった笑みを浮かべる過去の部下たち。

 いや、部下という言葉がふさわしいのかすら疑問である。彼らに俺への忠誠心は欠片もない。やっと怨念の仇敵を倒せるとばかりに、嫌らしい笑いを浮かべている。


 そう。

 記憶を辿っていけばいくほど、俺は過去、多くの命を奪ってきたことがわかる。


 逃げ惑う人々の焦燥っぷりに興奮を覚え、たっぷり恐怖感を味わわせたあとに殺した。

 ミスをした部下は、たとえ過去に優秀な功績を収めていようとも殺害した。一方で殺害しないこともあった。俺の気分いかんによって、部下の生死が決められていた。


 歴代の魔王のなかで、最も強く、最も残虐。そう裏で呼ばれていたことも知っていた。

 それがいまや見る影もない。人間どもに力を抑えつけられるどころか、こうして部下に殺されかけようとしている。


 見れば、昔の鬱憤を晴らすとばかりに、大勢の化け物たちが俺に近寄ってきている。ある者は涎を垂らし、ある者は両拳の骨を鳴らして、俺に凶悪な目を向けてくる。殺戮の衝動を極限まで抑えているかのように、低い唸り声をあげている者もいる。


 窓の外から落雷の大音響が轟いた。外は大雨が降っているらしい。怪物たちに照明具を壊され、薄い闇に包まれた城内で、俺は孤独だった。誰も俺の味方はいなかった。


 ――いや、そうじゃない。俺は昔から孤独だった。


 俺は突っ立ったまま、両目をそっと閉じた。

 両手をきつく縛る手錠は、単に拘束するだけではなく、俺から魔力を吸収する効果もあるようだ。抵抗しようにも、このままでは怪物一体すら倒せない。かといって逃げられる状況でもない。


 俺は静かに目を閉じた。

 もうどうしようもない。殺すなら殺せ。

 その諦めが伝わったのか、怪物たちがさらににじり寄ってくる気配を感じた。俺はただ目をつぶって最期のときを待った。


 瞬間。


 ゴトッ、となにかが落ちる音がした。

 静かな城内に、その音は異様によく響いた。俺は無意識のうちに目を開け、その方向を見やった。


 息を呑んだ。

 ここにいる人間は残らず死んだと思っていた。怪物どもに刺され、あるいは焼かれ、すべての人間が殺されたのだと。


 しかしながら、俺の視線の先には、瓦礫の裏側で身を隠している騎士の顔があった。瓦礫の破片でも落としてしまったのだろう、騎士は青ざめた表情で後退している。


「あーあ、逃げてた奴がいたのか」

 とゾンビが面倒くさそうに言った。

「おいおまえ、あいつを始末してこい」


 たしかカマキリンという名の、大型昆虫の魔物が命令を受けた。全身がぬめぬめとした鱗状の緑色に包まれており、双眸だけが紅に光っている。ほとんど知能を持たない魔物であるが、奴の両手は鎌のごとく尖っており、切り裂かれたが最期、生き残れる者はいない。人間の首なぞ息をするように切断できるだろう。


 カマキリンはぴきーっと鳴くと、騎士に真紅の目を向けた。


「ヒッ! ヒィッ!」

 凶悪な眼力を受け、騎士は悲鳴をあげて後退する。しかしながら彼に退路はなかった。背中が壁にぶつかり、逃げ道がないと知った騎士が両目をはちきれんばかりに見開いた。それをあざ笑うかのごとく、カマキリンは遅々たる歩みで獲物との距離を詰めていく。

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