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いきなり男同士のむさい旅とはついてない

 地に響くような騒音で、俺は目を覚ました。


 しかしながら、視界にはなにも映らない。ただ真っ暗な空間が延々と続いているだけで、一筋の光さえ捉えることができない。思わずため息をつく。またクソみたいな一日の始まりだ。意識をなくし、現実から遠ざかる睡眠だけが、唯一の俺の楽しみなのに。

 当然のように、身体もまったく動かせない。きつく俺を縛る拘束具が、俺を十七年も捕えて離さない。神父の話によれば、俺が自由になれる日は永遠に来ないらしい。


 ふざけている。いったい俺がなにをしたというのか。物心ついたときからまともに目を使ったこともないし、神父以外の誰かと会話したこともない。それを訴えても、神父は「これが神の導きなのです」などと意味不明なことを言うだけだから始末に負えない。


 今日はなにをしようか。また眠りに落ちて、夢の続きでも見ようか――

 そこまで思索を巡らせたとき、ふいにガチャ、という金属音がした。扉の開く音だ。神父がまた聖書の内容でも説きにきたのかと思ったが、次の瞬間、その予想は裏切られたとわかった。


「アレン。国王様がお呼びだ。ついてこい」

 聞いたことのない人間の声に、俺はオウム返しをする。

「国王様……?」

「……なんだ貴様。我々の言葉が話せるのか」

「なに言ってんだ。そんなの当然だろよ」


 そもそも、話しかけてきたのはそっちではないか。俺が内心不満に思っていると、むうと唸る声が聞こえた。


「信じられん……やはり化け物か」

 散々な言われようだったが、俺には拒否権など無いらしい。パチパチという、金具の外される音が俺の耳を刺激する。と同時に、身体が急に軽くなった。


 なんだなんだ。どうも今日は普通ではないらしい。まさか拘束具の外される日が来ようとは。

 瞬間――

「うっ……」

 視界に光が突然入り込んできて、俺は思わず目を細めた。これほど強烈な明かりを、かつて俺は見たことがなかった。


 しばらくすると目が明るさに慣れてきた。初めて見た「外の世界」に、俺はしばし心を奪われた。

 一見して牢屋だとわかった。無機質な鉄柵と、いま俺が寝込んでいる鋼鉄のベッド。それしかない。ベッドの周囲には紅のローブがいくつも伸びていた。こいつらが俺を十七年間も縛りつけてきたクソどもか。


 それでも、初めてものを見た感動は筆舌に尽くしがたい。俺がしばらくきょろきょろ回りを見渡していると、銀色の甲冑を着た男と目が合った。

「立て」

 なかば強制的に身体を起こされ、俺は生まれて初めて地に足をついた。

「三歩だけ歩いてみろ。それ以上進んだら即斬り捨てる」

「はあ? なんであんたの言いなりに……」

「歩け」


 有無を言わさぬ騎士の態度に、俺は肩をすくめた。

 別に逃げるつもりはないし、そもそもこんなに警戒される理由からして不明なのだが、俺はとりあえず従っておいた。こいつの剣幕はただごとではない。口では強がっているものの、内心では俺を恐れていることがなんとなくわかる。

 きっちり三歩だけ歩いてみせると、騎士はむうと唸った。


「身体はどこも痛まないか」

「別に」

「本当か」

「おいオッサン、こんな嘘ついたってしょうがねえだろ」


 騎士は一瞬黙り込むと、不機嫌そうに俺に背を向けた。


「……我々『人間』はずっと筋肉を使ってないと動けなくなるんだよ。やはり貴様は化け物のようだな」

 そこまで言って、騎士は俺に向き直った。懐の皮袋から手錠を取り出すと、ぴたりと俺の両手首に嵌める。その瞬間、わずかながら全身の力が抜けるのを感じた。

「なんだよ。また縛りつけようってか」

「念のためだ。ついてこい」


 騎士は牢屋の扉を開け、顎だけをくいっと動かした。


「それと私はオッサンではない。覚えておけ」

「はっ。くっそどうでもいいわ」


 だが――

 面白そうだった。十七年間、光も知らないで生きてきた俺に訪れた、突然の転機。この騎士は気に喰わないが、俺の退屈でしかなかった人生にもやっと花が咲き始めてきたということか。俺は返事をしないまま、言われた通りに扉を出た。

 そしてその先の光景を見たとき、思わず俺は息を呑んだ。

 あまりにも長い廊下だった。ただの一直線の通路なのに、ここからでは出口の扉が望めない。いったいどれだけの距離があるのだろうか。

 前をつかつか歩き出す騎士に向かって、俺は慌てて手を伸ばした。


「お、おい」

「なんだ」

「これ、出口はあるのか」

「当たり前だ。まあ三十分は歩いてもらうことになるがな」


 さ、三十分……

 俺はがっくりと肩を落とした。やっと自由の身になったと思ったら、いきなり男二人で無言の旅か。先が思いやられる。

 壁も床もほぼ真っ白であるが、時折、なにかの呪詛のように赤い文字がびっしり刻まれている。その不気味さに、思わず鳥肌が立つ。心なしか、その呪いの文字を見ているうちに力が奪われていく気がした。


「おまえの力を封じる魔法のひとつだよ」

 と先を歩く騎士が言った。


 俺はなにも言えなかった。

 うすうす勘付いてはいた。十七年間も拘束されている時点でただごとではないが、ここまで異様な世界に隔離されていたとは。

 自分が何者かなんてわからない。神父は俺を「魔王」などと呼んでいたが、その意味も教えてもらっていない。こちらから聞いても答えてはくれなかった。自分が誰なのかもわからないまま死ぬのだと思っていた。


 だが……これは異常にすぎる。俺はいったい誰なんだ。

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