3.魔王は雑用係ではありません─5
「待たせたな。」
玉座の間へ裏手─俺の私室側─から入室した俺は、中央の頭を垂れた魔族に声を掛ける。
そいつの第一印象の色合いは白、だった。見た目はメデューサか。無数の細い蛇を頭部から垂らし、肌にも鱗が見える。尻からは長いトカゲ状の尾があるが、あれも蛇なのだろう。クネクネと関節が無さげに動いてるからな。
「はっ。魔王様においては御機嫌麗しゅう…。」
「あ、面倒だから本題に入ってくれ。口先だけの口上なんて聞きたくない。」
長々と心にもない挨拶をされても、全くの時間の無駄だ。
俺は高位魔族に有りがちな口上をぶったぎり、ストレートに告げる。一瞬ジスヴァルトから魔力の気配がしたが、それもすぐに消えた。
感情の高ぶりで魔力が溢れたのか?ダミアンに緊張も走ったしな。
「…では御言葉に甘え、魔王様。本題に入らせて頂きます。この度は我が騎士団に直接の御指導を…。」
「あのさ、固い。それ、本当の話し方じゃないんだろ?聞いてると間怠っこいんだよ。」
「魔王様。失礼ながら発言をお許しください。」
「何だよ、ダミアン。」
固い口調で会話を続けるジスヴァルトに対し、俺は頭を掻きながらダメ出しをする。けれどすぐにダミアンが口を出してきた。
ダメ出しのダメ出しか?
「魔王様。お立場と言うものが御座います故、全ての者に等しい会話を求められるのは如何なものかと存じます。」
「分かりにくいんだっての。別にタメ口利けって言ってる訳じゃないだろ。それにお前の今の話し方だって、俺の中じゃギリギリアウトなんだからな?」
進言するダミアンに、俺は不満顔を隠さない。
魔王という立場なのは分かっている。が、軽い敬語程度なら分かるがそれ以上の言語は解読不可能である。聞いているだけで胃がムカムカしてくるし、意味なんて耳を素通りするだけで理解出来ない。
「ククククク…、やはり今回の魔王様は一味違うなぁ。」
俺とダミアンのやり取りに我慢しきれなくなったのか、ジスヴァルトが抑え気味に笑いだした。
しかも、口調がやけに砕けている。
「ジスヴァルト・ギュンタ騎士団長。」
「良い、ダミアン。」
ジスヴァルトに警告を発したダミアンだったが、俺がそれを許した。
「いやぁ~、こういうのは堅っ苦しくて仕様がない。だがよぉ、魔王様。誰しも立場だけで収まっていられる訳じゃあないんだ。相手にへりくだった態度を取らせる事も、無用な争い事をなくすってぇ意味で必要な行動だったりもする。俺ぁ、そこの銀色みたいに枠に入った態度は嫌いだが、魔王様みたいなのも敵を作る典型的な類いだとも思うぜ?」
中央で片膝を床につけたままではあったが、ジスヴァルトは真っ直ぐ俺を見てそう告げる。砕けた言葉とは違い、真摯な金色の瞳にジスヴァルトの人柄が見えた。
恐らくコイツは、己に素直なだけなのだろう。
アルドの反応にしても、嫌っている感じではなかったからな。