3.魔王は雑用係ではありません─1
「旨いな、これ。」
「うん、美味しい。」
俺とアルフォシーナは、二人してバオブの蜜を食べながら廊下を歩いている。まぁ、俺が一口食べる間に彼女は一つを食べきっているのだが。
そして、先程話がおかしな方向に向かったせいでうやむやになっていたが、やはりアルフォシーナにも執務室が与えられているらしい。
無駄に広い廊下の幾つか角を曲がりながら進むと、濃い茶色の扉の前でアルフォシーナが立ち止まった。どうやらこれが彼女の執務室のようである。
「魔王様、ここあたしの部屋。綺麗じゃないけど、入る。」
「あぁ。」
アルフォシーナが先に入り、扉を押さえてくれた。
あ~…、綺麗じゃないってのは謙遜ではないんだな。
俺は一歩足を踏み入れ、思わず遠い目をしてしまう。
このアルフォシーナの執務室は、フランツのそれと大きさは変わらない。だが、何故だろう。酷く窮屈に感じてしまうのは、だだっ広い魔王城に俺が慣れすぎた為ではなさそうだ。
「…いつもこんな風か?」
「そう。おかしい?」
俺の問いに、アルフォシーナは不思議そうに周囲を見渡している。違和感は全くないようだ。
「ここにはダミアンや他の次期宰相候補者達は来ないのか?」
「うん。あたしはここ、寝る時にしか来ない。」
「寝る…ね。分かった。とりあえず急ぎの案件がないなら、ここの掃除だ。」
一つ溜め息をつくと、俺は開き直る。
このままでは、他にも汚部屋が増殖しかねない。やるなら出来る限りがモットーだ。
「何で?」
だが、アルフォシーナには欠片も伝わらなかったようである。逆に小首を傾げられてしまった。
「…不自由はないのか?この部屋で。」
「うん。」
「そうか…。だが俺は嫌だ。」
「そうなの?」
「そうだ。片付けるぞ。」
不毛な問答に強制的な終止符を打ち、俺は一先ず出入り口付近の布山─何故か部屋の片隅に服の山があるのだ─を持ち上げる。
「あっ、それはっ!」
アルフォシーナの珍しく焦ったような声と同時に、ヒラリと俺の足下に舞い落ちる花びら─否、一枚の布地。
「……………。」
これは俗に言う、おパンツではないだろうか。
脳が大半の機能を停止していたが、何とかそれだけの判別はついた。だが次の瞬間、目の前からその物体が消え去る。
「…アルフォシーナ?」
「なななななな何でもないんだからねっ。」
顔も首も真っ赤にして、それで何でもないは有り得ないと突っ込んだ方が良いだろうか。
いや、ここは必死に後ろ手にブツを隠す彼女を許そうではないか。うん、それが良い。俺の精神衛生上、そう判断しよう。