2.魔王と話しませんか─1
「………。」
「…なぁ。」
「………………………。」
「なぁってば。」
何度呼び掛けてもこちらを向く事をしない。
この不毛な応対を、かけこれ半日は続けているだろうか。
俺は今、フランツの執務室にいる。
昨日はあの後、書庫に行ってこの国─魔族の歴史を調べた。魔王知識にあるだけじゃ、完璧な歴史じゃないと思ったからだ。
そして知った、人族と鬼族吸血種の争い。魔王知識にあったけど、双方ともかなりの犠牲者が出たらしい。結果的に鬼族が勝ったのだが、この戦争により血族─つまり吸血種の半数が絶えた。
「フランツは俺が嫌いか?」
執務机に向かって俺を完全無視しているフランツに、近くにあった椅子を逆向きにして跨いで腰掛けている俺。
学生時代ではこんなの、当たり前にクラスメイトにしていた格好である。今は行儀が悪いとかで、ダミアンに見られたら小言の嵐になるんだ。─フランツは何も言わないけどな。
って、そんな事を思いながら問い掛けると、ギッと射殺しそうな視線を向けてきたフランツ。赤い髪と魔族特有の金色の瞳が、見目の整った容姿に合わせてゾクリとする程の威圧を乗せてくる。
俺に耐性がなければ、その魅了の魔力でどうにかなってしまったかもしれない。それ程に強い魔力が込められていた。
「…残念だけど、俺には効かないぜ?」
余裕ぶって告げるが、内心はかなりビビった。
殺意ってものを向けられた事がないから尚更だが、本能的に来る。けれど連結されている感情に大きな波が経たないように、俺は平生を意識した。
するとプイッと逸らされる視線。
「フランツが俺を嫌うのは、俺が人族に近いからか、っ!?」
更に突っ込んで問い掛けると、物凄い力で襟元を掴み上げられて宙吊りにされる。
さっきまで執務机に向かっていたのに、一瞬で俺の目の前に立っていた。そしてギリギリと音が聞こえそうな程に強く食い縛った鋭い牙を見せられ、その金色の瞳はハッキリと怒りを浮かべている。
「だ…から…、俺は、人族…じゃね…っての…っ。」
気道を圧迫されている為に喋りづらいが、反論の一つもしないでどうする。
だいたい俺だって、自らの意思でここに来た訳じゃない。そんなのは今更だから言わないが、コイツだって同じ事だ。
「お前、が…人族…を憎ん、だ…って、何も…変わら…ないっ。」
死んだ奴は生き返らないし、悔やんだって惜しんだって何の為にもならない。
吸血種だけじゃなくて、人族だってたくさん死んだ筈なんだ。恨んだって憎んだって、再び争いの火蓋が切られるだけじゃないか。