1.魔王は人ではありません─10
「解除。」
戦闘が完全に終わった事を受け、俺は全ての魔法を解除する。自身に纏う火の鎧や風の壁を消したのだ。
これで鍛練場を覆っていた風の壁も消え、普段の様子を取り戻す。まぁ、あちらこちらに先程の戦闘の傷跡があるものの、許容範囲だろう。
そして鍛練場の隅に移動し、フランツの観察をさせてもらう事にした。
◆ ◆ ◆
暫く経った頃。
「…あのさぁ~、すっごくやりにくいんだけどぉ。」
赤い髪を追いながら観察を続けていたのだが、フランツの方から声を掛けてくる。しかも凄く嫌そうに、だ。
別に俺は邪魔をしてないし、初めからウロウロする宣言もしている。
「何か問題があるのか」
俺はわざとらしく問い直した。
と言うか、フランツの言いたい事が分からなくもない。ジロジロ見られ続けるのは、確かに好ましくはない。が、これも俺にとっては仕事に繋がるんだ。
「魔王様ぁ。それ、分かって言ってるでしょ~。」
嫌そうな顔を隠さずに答えるフランツ。
本当にコイツ、俺の前で取り繕う事をしない。
「普段のフランツを観察中だ。見られて困る事があるのか?」
「別にないけどぉ…。すっごく、鬱陶しいんだよねぇ。」
ハッキリと告げられる悪態にも、今は嫌な気がしなかった。
取り繕わないという事は、偽っていないと受け取って良いのだろうか。
「そんなに繊細なのか?」
嘲るように問えば、フランツはフンと鼻で笑う。
ここまでブレないのだから、ある意味好感が持てるかも知れない。
「俺は魔王様と違ってぇ、純真で感受性が高いのだよ~。」
腰に手を当て、フランツから鼻高に告げられた。
それを聞いて、思わず俺は笑いが堪えられなくなる。
「くくくっ、純真って…っ…、面白いな。」
「何だよぉ、失礼だな~っ。」
「いや、マジ…。」
腹を抱え笑う俺に、フランツは憮然と睨み付けていた。だが、この素直さは良い。
妙に手が早いのと口が悪いのを除けば、これはこれで悪くないと思った。しかし彼いわく、邪念がなくて心が清らか?何処がだ。
「はぁ…、面白かった。で、フランツ。」
散々笑った後、俺は真面目にフランツに問い掛ける。しかしながら、フランツは既にムスッと不貞腐れていた。
「何だよぉ、今更~。ってか、本当に俺に聞く事、あるの?」
「あぁ、ある。フランツの人間嫌いの理由は何だ?」
聞く前から不機嫌ではあったが、俺が問い掛けた途端、射殺しそうな鋭い視線を向けられる。
どうやら、彼のスイッチを押してしまったらしい。
「…しえない。」
「え?」
「教えないって言ったの。本当に嫌い。」
いつもの間延びした喋り方を忘れる程、触れては欲しくない内容だったようだ。プイッとそっぽを向き、俺に背を向けて足早に去っていく。
これ、調べた方が良いな。
俺はその背を追う事なく、静かに見送るのだった。