1.魔王は人ではありません─2
伸びてくるフランツの手に視線を取られながらも、俺は歯を食い縛る。
パシッ。
だが突然、目の前でフランツの手が叩き落とされた。
「…アル?」
間の抜けた顔で、手を振り下ろした相手を見るフランツ。
そこには、さっきまでいなかった筈のアルフォシーナがいた。しかも、鴉羽根のある腰に手を当て、怒っているぞのポーズである。
「何やってる、フランツ。魔王様に近付き過ぎ。」
「…嫌だな~、アル。そんなに怖い顔をしてると、シワが出来ちゃうぞ~?」
彼女を宥めようとしているのか、フランツが1歩後退つつも、両手を軽く上げた。
「魔王様に呼ばれた。あたしが守る。」
150センチ程の小さな背丈ながら、玉座に腰掛けたままの俺を背に庇う。
何か俺、立場ない感じ?
内心苦笑いを浮かべるが、実際に顔には出さない。
ここでの呼ばれたは、連結によってSOSを感じ取ったという意味だ。
「大丈夫だよ~、俺も次期宰相候補だし~?」
「フランツは魔王様を虐める。だからあたしが守る。」
無実を訴えるフランツの言葉にも、アルフォシーナは全く引かない。
まぁ、ほぼ現行犯だったがな。
「ありがとう、アルフォシーナ。けど次期宰相候補の素質判断は、俺がやるって言った事だからさ。」
とりあえずというか、当たり前にフランツを庇う気は全くないが、俺の前にずっと立ち塞がられても困る。
どのみち宰相でなくとも、四魔将軍にはなるんだ。
忠臣であれとは思っていないが、俺に対する忠誠心が全くないのもどうだろう。
「魔王様。あたしが守ったら…困る?」
クルリと俺に向き直ると、青いショートカットの髪を揺らして小首を傾げた。
うん、リミドラとは違う可愛さだよな。
「いや、困らない。でもアルフォシーナは、弱い魔王は嫌だろ?」
「…うん。あたしは強い魔王様が良い。べ、別に好きとは言ってないんだからねっ。」
自分で答えておきながら、急に照れくさくなったのか。
ツンデレ発動だな。
「あ~…、うん。だからさ、フランツ相手に、俺は守られてちゃダメな訳。」
とりあえず、穏便に説得だ。
俺自身は力で言う事を聞かすのは好きではないが、魔王だし、いざとなったら実力行使も考えている。
「…分かった。」
アルフォシーナが渋々ではあるが頷き、俺とフランツの間から退く。
あ~…、フランツの視線が痛い。
正面にして、物凄い視線を向けられている俺。
実はフランツ、アルフォシーナの事を憎からず思ってたりする?
「とりあえず、フランツの周囲をウロウロするから。必要以上に近付くと、次は俺も黙ってないからな。」
睨み付けてくるフランツに対し、俺も言い分だけは言っておく。
本当は穏便に済ませたいんだがな。
「…勝手にすれば~。」
フランツはそれだけ告げると、踵を返して謁見の間から退室する。
「はぁ………。あ、アルフォシーナ、本当にごめんな?それと、ありがとう。」
「うん。魔王様が良いなら、あたしは良い。」
思い切り溜め息をついてしまったが、取り繕うようにアルフォシーナに謝罪と礼を口にする。
この子は本当に、良い子だよな。