1.魔王は人ではありません─1
さてと、漸く魔王としての仕事に本格復帰だ。
…と言っても、当初の次期宰相候選出なんだがな。─マジ、俺ってば何もしてねぇ。
「魔王様、お呼びでしょうか~。」
謁見の間に響く声。トーンが高めだが、聞いている分には心地好い。
特徴ある長いウエーブの赤髪と、その背に蝙蝠のようは膜状の翼をもつフランツ・ナスタージス・ベル。
問題は、コイツの態度くらいか。
「呼ばれた理由は分かってるだろ。」
「…さあ~?あ、俺は魔王様の夜伽の相手はしないぜ~?」
「いらん!ったく…、今日はフランツと行動を共にする。」
俺が告げると、あからさまに嫌な顔をするフランツだ。
本当にコイツは、俺を─魔王を敬う事を知らん。
「嫌だね~。俺、人族嫌いだし~。」
「何度も言うが、俺は既に人族ではない。」
隠さず言うだけ良いのだろうが、フランツは人族を酷く毛嫌いしている。
そして同時に、元人族である俺の事も嫌いだ。
「元、人族だろ~?」
「現、魔王だ。」
「人族は餌だし~。あ、そうだ~。魔王様、俺に食われない?」
「却下。人の話を聞け。」
「人族嫌い~。」
そんな押し問答である。全く話にならない。
いつもならこんな時、ダミアンが制してくれる。だが、今はわざと別の用を与えてあり、ここには俺とフランツだけだった。─無茶苦茶渋られたがな。
「フランツが俺の事を好こうと嫌おうと、別に構わん。だが、次期宰相候補としての仕事はしてもらう。」
「嫌いだけど、それは分かってるよぉ。俺、今の地位も名誉も捨てる気ないし~。」
ケラケラと笑いながら、フランツは俺に背を向けた。
普通、謁見の間に来たら、片膝ついて頭を垂れる。
コイツにはそれがない。入室した時同様、立ったままだった。
「おい。何処へ行く。」
「はあ~?もう良いっしょ。」
俺が呼び止めると、あからさまに嫌そうな顔で振り返る。
本当、ある意味ぶれないよな。
「終わったと言ってない。」
「内容は聞いたよ~。勝手についてくれば~。あ、それよか。」
嫌々応じていたフランツだったが、急に玉座の方へ足早に歩いてきた。
何だ…?ってか、接近には嫌な予感しかしないがな。
フランツには一度襲われかけた経験がある為、必要以上に近付く事を避けていた。
つまりは、一定距離内に入られると、自然と身体が拒絶反応を示す。
「なぁ~に?魔王様、俺が怖いの~?」
全身に力が入っていた事に気付かれ、バカにしたように小首を傾げてきた。
それでもフランツの歩みは止まらず、気付けば後1歩で手を伸ばせば届く距離。
俺は玉座に腰掛けているから、フランツに対し、ほぼ真上を見る形で見上げている。
「…何のつもりだ。」
出来る限り、押し殺した声で問う。
かといって、俺の感情の波は連結されているので、嫌でも彼等に伝わってしまうのだが。
「魔王様、一人だし~?これ、俺への貢ぎ物って扱いじゃないの~?」
そして、ニヤリと笑みを浮かべるフランツ。吸血鬼特有の長い犬歯が見えた。
冗談じゃないぞっ。