6.魔王は売約済みです─10
「では、魔王様。これにて婚約式は、全て滞りなく完了致しました。」
中央庭園へと続く扉が閉まった後、静かにダミアンが告げる。
まだ外では、インゴフが観衆に向けて何やらしているらしい。が、俺の仕事は終わりだ。
「あぁ。やっとこの窮屈な服から解放される…。」
俺はそう言うが早いか、首元の詰め襟に手を掛ける。
「お待ちください、魔王様。」
「…何だよ。」
ダミアンに制され、俺は不機嫌を隠さずに睨み付けた。
だが当たり前のように、そんな不穏な空気をものともせずに告げてくる。
「まだ、この後の高位魔族達へのお披露目があります。」
「はあ?まだあるのかよ。これで終わりって言っただろっ。」
「婚約式は終わりました。ですが、本来の目的は次に控えております。…リミドラ嬢の安全と平穏を確保したいのでしたら、高位魔族達へのお披露目は外せないかと思われます。」
不機嫌を通り越して怒りさえ湧いていた俺に、ダミアンが淡々と紡いだ言葉。
さすがに俺も、自分の感情にストップをかける。
そうだった。俺の平穏の為もあるんだが、婚約者としてのリミドラの、実質的安寧も保護しなくてはならない。
「…分かった。」
「魔王様?」
声を押し殺すように応えた俺に、リミドラが不安げな表情で見上げてきた。
んだよ、可愛いな。この生き物。
「大丈夫だ。リミドラも、もう少しだけ頑張れよな。」
「はい、魔王様。」
俺はフッと表情を緩め、リミドラの頭を撫でる。
茶と白の犬耳が、俺の撫でる手の動きにフワフワと動いた。
「よし。行くぞ、ダミアン。他の候補者達も集めておけ。」
「はっ。」
そして俺は、リミドラのフワフワ犬耳に癒され、面倒な高位魔族達との披露宴に臨むのだった。
◆ ◆ ◆
漸く終わった~。マジ、キレなかった俺、エライ!
ベッドにダイブし、柔らかな肌触りを堪能する。
ぶっちゃけ、披露宴なんてものは高位魔族の自慢大会だった。
今まで顔を出さなかった俺に、リミドラそっちのけで高位魔族達が群がってくる。ハエのごとき習性に、俺は顔がひきつりそうになった。
リミドラは終始不安がっていたが、アルフォシーナとミカエラを張り付けていたので、何の問題もなかったようである。ってか、あったらマジで俺がキレる。
あ、そうそう。高位魔族達の言い分は、獣人のリミドラは魔王に相応しくないとかなんとか。
勿論、俺はハッキリと言ってやった。
「魔王である俺の決定に異を唱えるのならば、証しを示せ」と。
ダミアンから聞いた話と魔王記憶からするに、獣人であっても魔王に選ばれる者はいる。
前魔王なんかがその例で、狼系の獣人だったらしい。確かに、黒い毛むくじゃらだったしな。
フランツが犬歯がどうとか誉めてたし、力が強ければ魔王になれるようだ。あ、闇魔力の存在もあるかもしれないがな。
ともあれ、その後は誰も文句は言わなかった。…側室の話にはなってたけどさ。くそっ。