6.魔王は売約済みです─8
「まだこちらにいらしたのですか?」
来た方向─後ろから声を掛けられ、俺は視線だけ移す。
勿論、相手はダミアン。
先程と変わらず、普段は真面目な側近といった感じである。
「あぁ、リミドラと久し振りに会ったからな。色々と積もる話もあるんだよ。」
俺は繋いだ手を上げ、仲の良さをアピールした。
いや、そこで変に悲し気な顔をするなよ、変態。
「わっちも、蒼真と手を繋ぎたい~。」
ダミアンの背から顔を出したミカエラは、唇を突き出して訴える。
いや、繋がないから。
俺の内心の突っ込みは届く訳もなく、繋いだリミドラの小さな手に僅かに力が入った。
ぅわ~、庇護欲を刺激される。
「さ…行こうか、リミドラ。」
屈んで顔を覗き込み、視線が合った事を確かめてから、立ち上がり際に抱き上げた。
「っ!ま、魔王様?」
慌てて俺の首にしがみつくリミドラ。
「せっかくの服がシワになっちゃうかもしれないけど、こうすればちゃんと目線が合うもんな。」
ニッと笑みを向ければ、リミドラは真っ赤になった顔で小さく頷く。
そして俺はリミドラを抱き上げたまま、中央庭園と接する扉の前に立つ。
すると、扉脇に立っていた二人の衛兵が動き、何も言わずとも扉を両側から押し広げた。
ザワザワとした空気が、一瞬にしてピリッと引き締まる。
魔王としての俺は、意識せずとも溢れ出す魔力で、魔族達の緊張感を煽るらしい。
「では、これから婚約式を執り行います。」
インゴフの宣言により、既に準備の整っている周囲で魔族達が動き出した。
次期宰相候補達は、それに伴って進行をしていく。いつになく真面目じゃないか。
俺はリミドラを抱き上げたまま、それらを見るともなしに立っている。
元々役割なんてなかったし、リミドラと婚約する事に対する嫌悪もなくなった。
ただここに魔王がいて、獣人族の犬種長であるリドミラ・アブソーヴァと婚約するのだという事実が必要なだけ。
「なぁ、リミドラ。お前が小柄なのは、食の問題か?」
俺は小さな声で、リミドラに問い掛ける。
実はあまりに暇なので、俺は周囲の魔族を見渡していた。
そして気付いた、種族の違い。
大きさが違うのは当たり前で、竜族はファンタジー丸出しの巨大トカゲ、羽根付き。勿論、20メートルは下らない。
で、次に大きな魔族が鬼族巨人種だろうか。10メートル程の体格を持ち、頭には─形は様々だが─数本の角を持つ。鬼族の外見は一般的に人形に近く、ダミアン達次期宰相候補者も種は違うが、この分類になる。
ちなみに同じ鬼族でも、吸血種のフランツなんかには角はない。
亜族は大小様々だが、種が多すぎて一括りになっているようだ。
獣人族は大まかな形で種分けされていて、実際には犬種の中にも派閥のようなものがあるらしい。しかしながら混血も多く、見た目で確実な分類に分ける事は難しそうだ。
と、長々とした説明になったが、とにかく一言で魔族と表すが、実際は複雑なのだった。