6.魔王は売約済みです─6
壁に叩き付けられた筈のダミアンだが、軽く埃を払うように肩口を撫でるだけで立ち上がった。
「そろそろお時間です、魔王様。」
そして平然と、何事もなかったかのような顔で告げる。
ダミアンの頑丈さは俺も知ってるから、今更そんな事に驚かないがな。
「あぁ。リミドラ…。」
返答をし、改めてリミドラに振り返る。
だが、エスコートなどした事のない俺。
どうすれば良いんだ?
不用意に触れると、綺麗に整えた髪や服を壊してしまいそうだ。
う~ん。
考えあぐねた俺は、リミドラに手を差し出す。
「魔王様?」
リミドラがキョトンと首を傾げた。
うん、可愛いな。
「手。…あ、繋ぐって風習はないのか?」
俺は手を差し出したまま、反応しない彼女を見て疑問に思う。
絶対、お手…って訳じゃないぞ?
「こうして…ほら、一緒に行こうか。」
説明するのもどうかと思い、リミドラの手を取り、自分の手に重ねた。
おてて繋いで…的な親子に見えなくもないが、顔を真っ赤にしているリミドラを見る限り、嫌ではないのだと判断する。
「魔王様…。うらやましいです…。」
ボソッとダミアンが何かを言った気がしたが、振り向いてもそれ以上言う様子がない。
「行くぞ、ダミアン。ミカエラ。」
壁際に立ったままの二人の次期宰相候補へ声を掛ける。
「はい、魔王様。」
「あ~ん、わっちにも声を掛けてくれるなんて、嬉しいのぉ~。行く、いく、イッちゃう~っ。」
恭しく頭を下げたダミアンに対し、ミカエラは明らかにおかしいテンションだ。
身体をくねらすのはいつもの事だとしても、頬を赤らめてうち震えているのは何故なんだろう。
「…リミドラ、先に行こう。」
俺は繋いだ手に少し力を込め、この場から離れようとする。
幼い子に─いや、13歳らしいけど─情操教育的に良くないだろ。
「あの…、良いのですか?」
「あぁ、大丈夫。後から勝手に来るから。」
心配そうに、何度も振り返るリミドラだ。
それでも俺は立ち止まる事なく、会場となる中央庭園へ向かう。
ダミアンの話では、進行の主体はインゴフらしい。
そして細かなサポートが、次期宰相候補達になる。
今回は顔見せの意味もあり、魔王城の2階バルコニーが面した、中央庭園で行うようだ。
ちなみに、普段なら魔核─認証の儀を行った部屋─でやるんだそうだ。
「ん?何だ、緊張してるのか?」
不意に、リミドラが異常に静かな事に気付く。
あれから会うのは久し振りだが、もう少し元気だったと思う。
「…はい。」
言葉少なに答えるリミドラ。
屈み込んで顔を覗くと、少し血色が悪い気がした。
「リミドラ。後悔してるのか?」
俺は真っ直ぐ瞳を合わせる。
この事態を、もしかしたら悔やんでいるのかと思ったのだ。