6.魔王は売約済みです─1
「魔王様。」
ダミアンの声が聞こえる。─が、聞こえない振りをする俺だ。
もう…、勘弁してくれよっ。
自室に引きこもっている俺は、机に伏せるように頭を抱えた。
リドミラとの婚約問題が出てから、今日で2週間が経とうとしている。
あれだけ大勢の獣人達の前での事だったからか、その日中に噂は広まった。
そのせいで、俺が魔王である事を知らない奴は、国内の何処を捜してもいないんじゃないかってくらいである。
それまでは、俺の認知度はかなり低かったのに、だ。
「魔王様?」
再び、ノックと共にダミアンの声。
リドミラが求婚した事により、他の高位魔族が挙って娘を推薦してきたのである。
まだ娘なら良いが、何処かのバカは息子を推してきてたな。
「…どうせ肖像画だろ?」
扉を開ける事なく、俺はダミアンに返した。
毎日毎日、初めて会う魔族との顔合わせと称した見合い。
本当にもう、うんざりだ。
カチャリと軽い音と共に、ダミアンが入室してきた。
「失礼致します。それもございますが…5日後までに戻ってくる次期宰相候補達に合わせ、正式にリドミラ嬢との婚約を発表するとの事です。」
分厚い羊皮紙の束を持ち、ダミアンは報告する。
それ、大半が肖像画かよ…。
「俺はまだ、宰相も決めてないんだぞ?」
不貞腐れる俺は、何一つとして、魔王たる仕事をしていない。
「魔王様。落ち着いてください。5日待たずして、候補者達を呼び戻すおつもりですか。」
諫めるように、ダミアンは静かに告げた。
「くっ…。」
それを聞いて、俺は歯を食い縛る。
現時点での次期宰相候補者達は、それぞれが仕事をしているのだ。
けれども、俺の感情の乱れは嫌でも彼等に伝わる。場合によっては、何を置いても戻ってくるだろう事が、既に実証済みだった。
正直面倒臭いが、魔王という存在を守る為に、魔族達が作り出したルール。
「他の次期宰相候補者達が戻ったら、なるべく早めに見極めを行う。ダミアン達も、自分達の身の振り方を早めに知りたいだろうしな。」
苛立ちを込めて長く息を吐き、続けて宣言する。
「で、それまでは見合いはしない。」
「はい?今、何と…。」
続けられた俺の言葉に、ダミアンが小首を傾げた。
あ…こっちでは、見合いって言わないんだっけ。
「宰相も四魔将軍も決まってないのに、これ以上初見の奴等を近付けるな。」
言い方を変え、危機管理の面で忠告する。
そして俺の思惑通り、ダミアンが短く息を呑んだ。
「も、申し訳ございませんっ。確かにいくら高位魔族と言えども、魔王様に悪意を持って近付かないとは限りませんよね。畏まりました。このダミアン・ルーガス・ヘイツが、魔王様の盾となりましょう。」
キリリと表情を改め、ダミアンが告げる。
本当に、これで変態でなければ…って、無駄な考えか?