5.魔王に噛み付いてはダメです─8
「ッカヤロ…!」
少女に向かって大振りの刀が振り上げられた瞬間、俺は櫓の手すりを乗り越えていた。
大人一抱え程の丸太に、荒縄で胴と足を縛られた少女。
薄布1枚を申し訳程度に身に付けた少女は、それでも泣く事なく、悲し気な瞳を民衆に向けている。
そして少女が項垂れた。
その細い首目掛け、振り上げられた刀が下ろされる。
ガキィッ!
ザワザワザワッ!
刀を受け止める音と民衆がざわめく声が、同時に広場を沸かす。
「っ!」
刀を振り下ろした獣人が、驚愕に目を見開いた。
「誰だ?」
「人族よ?」
「黒髪だぜ?」
「ま、まさか…闇魔力?」
民衆のざわめきが拡がっていく。
俺は咄嗟に闇魔力を使い、カラスのような真っ黒な羽根を作って櫓から降下した。
そして少女に刃が届く寸前、その翼を鋼の如く強化して、自分の背を盾にしたのである。
冷静に考えていたら、絶対にやらない賭けだった。
「…大丈夫か?」
俺は腕の中にある小さな頭に問う。
すると、ゆっくりと顔が上げられ、大きな瞳が向けられた。
「…ま…おう…様?」
少し掠れた声が、驚きと困惑で震える。
いかん、庇護欲を刺激された。
「ちょっと待ってろ。」
俺は少し身体を離し、少女を拘束してる荒縄に手を掛ける。
宙に浮く形で縛られていた少女を、抱き止めるようにして解放した。
直後、「ウオーッ」という歓声が沸き上がる。
何だ?
少女を抱き上げた状態だったのだが、思わず後ろの民衆に振り返った。
かぷっ。
その時、首筋に温もりが触れる。
え…?
訳が分からず、キョトンとしてしまう。
ぺろっ。
そして、今度は分かる。
確実に舐められた。
「なっ?!」
思わず少女を身体から離し、その顔を見る。
でも、視線を合わせた少女は、欠片も悪意を浮かべてはいなかった。
それよりも頬を赤らめ、上目遣いで照れたように俺を見ている。
これはまるで、恋している乙女のようで…。
「え…?」
もう、どの様な反応を返して良いのか、俺の頭がフリーズする。
「ヤられました…。」
突然背後から知った声が聞こえた。
俺の脳はフリーズつつも、条件反射から振り返る。
そこには、苦虫を噛み潰したような顔をしているダミアン。
「え…っと…、何が?」
とりあえず、俺はそのままの体勢で小首を傾げてみせた。
勿論、腕には犬種の少女。
「…婚姻を申し込まれたのです、魔王様。…人形を抱いているようで、大変可愛らしいのですが…相手は無生物ではないのでいけません。」
「は…?」
またしても後半が聞き取れなかったが、ダミアンの言葉に間抜けな声が出た。
何だよ、婚姻って。