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召喚魔王の俺  作者: まひる
第1章
52/248

5.魔王に噛み付いてはダメです─8

「ッカヤロ…!」

 少女に向かって大振りの刀が振り上げられた瞬間、俺は(やぐら)の手すりを乗り越えていた。


 大人一抱え程の丸太に、荒縄で胴と足を縛られた少女。

 薄布1枚を申し訳程度に身に付けた少女は、それでも泣く事なく、悲し気な瞳を民衆に向けている。


 そして少女が項垂(うなだ)れた。

 その細い首目掛け、振り上げられた刀が()ろされる。


 ガキィッ!

 ザワザワザワッ!


 刀を受け止める音と民衆がざわめく声が、同時に広場を()かす。

「っ!」

 刀を振り()ろした獣人が、驚愕に目を見開いた。


「誰だ?」

「人族よ?」

「黒髪だぜ?」

「ま、まさか…闇魔力?」

 民衆のざわめきが拡がっていく。


 俺は咄嗟に闇魔力を使い、カラスのような真っ黒な羽根を作って(やぐら)から降下した。

 そして少女に(やいば)が届く寸前、その翼を鋼の(ごと)く強化して、自分の背を盾にしたのである。


 冷静に考えていたら、絶対にやらない賭けだった。


「…大丈夫か?」

 俺は腕の中にある小さな頭に問う。

 すると、ゆっくりと顔が上げられ、大きな瞳が向けられた。

「…ま…おう…様?」

 少し(かす)れた声が、驚きと困惑で震える。


 いかん、庇護欲を刺激された。


「ちょっと待ってろ。」

 俺は少し身体を離し、少女を拘束してる荒縄に手を掛ける。

 宙に浮く形で縛られていた少女を、抱き止めるようにして解放した。


 直後、「ウオーッ」という歓声が沸き上がる。


 何だ?

 少女を抱き上げた状態だったのだが、思わず後ろの民衆に振り返った。


 かぷっ。


 その時、首筋に(ぬく)もりが()れる。

 え…?

 訳が分からず、キョトンとしてしまう。


 ぺろっ。


 そして、今度は分かる。

 確実に舐められた。

「なっ?!」

 思わず少女を身体から離し、その顔を見る。


 でも、視線を合わせた少女は、欠片(かけら)も悪意を浮かべてはいなかった。

 それよりも頬を赤らめ、上目遣いで照れたように俺を見ている。

 これはまるで、恋している乙女のようで…。


「え…?」

 もう、どの様な反応を返して良いのか、俺の頭がフリーズする。


「ヤられました…。」

 突然背後から知った声が聞こえた。

 俺の脳はフリーズつつも、条件反射から振り返る。

 そこには、苦虫を噛み潰したような顔をしているダミアン。


「え…っと…、何が?」

 とりあえず、俺はそのままの体勢で小首を(かし)げてみせた。

 勿論、腕には犬種(いぬしゅ)の少女。


「…婚姻を申し込まれたのです、魔王様。…人形(にんぎょう)を抱いているようで、大変可愛らしいのですが…相手は無生物ではないのでいけません。」

「は…?」

 またしても後半が聞き取れなかったが、ダミアンの言葉に間抜けな声が出た。


 何だよ、婚姻って。


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