5.魔王に噛み付いてはダメです─7
俺の顔が引きつった時、慌ただしく宰相執務室の扉が叩かれる。
「何ですか、騒々しい。」
入り口のすぐ前に立っていたダミアンは、返答すると同時に扉を開けた。
突然扉が開いて驚いたのか、俺を見て驚いたのか。
とにかく、こちらを見て硬直する、昆虫型の衛兵がそこにいた。
「早く入って用件を言いなさい。」
僅かに苛立ちをみせるダミアンに、その魔族は慌てて報告をする。
八つ当たりはダメだよ、ダミアン。
「はっ。中央広場におきまして、獣人族が大掛かりな運動をしておりますっ。」
執務室に入って扉を閉めてから、その場にビシッと直立で立ち、敬礼をする昆虫型衛兵。
「運動、ですか?言葉通りでない事は分かりますが、何をされているのですか?」
ダミアンは表情を変える事なく、立て続けに質問をした。
そりゃいくら俺だって、それがラジオ体操だとは思わんけどな。
「はっ。現在の犬種の長を、此度の責任追及の為、公開処刑とするようです。」
続けられた昆虫衛兵の言葉に、俺は後先考える余裕はなくなる。
宰相執務室を飛び出し、驚愕に目を見開くダミアンと昆虫衛兵を残して、中央広場へと走っていた。
冗談じゃねぇぞっ?!
何で、別の誰かが処刑される事になるんだよっ。
◆ ◆ ◆
俺が中央広場に到着した時、既に人集りが出来ていた。
しかも腹立たしい事に、基本的に俺より背の高い種族が相手である。
「くそっ、見えんっ。」
ピョンピョン跳んでも知れている訳で、かといって隙間を縫っていける程、俺は小さくはない。
仕方なく周囲を見回し、広場用の物見櫓に上る事にした。
その間にも、民衆の興奮が増してくるのが伝わってくる。
10メートル程の高さの櫓を上ると、監視の為の衛兵が二人いた。
「誰だっ、お前っ!」
「お、おいっ。魔王様だ、バカっ。失礼致しましたっ。」
トンボのような羽根がある衛兵が誰何の声をあげたが、隣にいたトカゲ型の衛兵が制しつつ、謝罪する。
「あぁ、ちょっと見させてくれ。」
必死に平生を装いつつも、身体は返答を聞く前に広場が見える方へ向かっていた。
そして漸く見た光景に、愕然とする。
確か執務室に来た衛兵は、現犬種の長が処刑されるって話だった。
けどあれは、明らかにおかしいっ。
何で10歳くらいにしか見えない少女が、こんな民衆の前に張り付けにされているんだっ?!
犬種の獣人って言っても、耳と鼻が犬っぽいだけで、顔立ちは人に近い。
だからこそ、俺の中の何かを酷く刺激した。