5.魔王に噛み付いてはダメです─5
目の前に立ったフランツは、笑みを浮かべたまま、俺に手を伸ばす。
それでも俺は、石になったかのように動けない。
だが彼の指先が俺に触れる瞬間、バッ!とフランツが後ろに弾けたように跳んだ。
「ひゅ~っ、あっぶないなぁ。」
口調は全く危機迫った感じではないが、先程までの笑みが消えている。
どうやら、自らが危険を察知して、何かを回避したようだ。
「…許可なく、俺に触れるな。」
鋭い視線を向けたまま、俺は低い声で告げる。
けれど実際は、何が起こったのか分からなかった。気付くと、身体も動けるようになっていたし。
「何、その黒い針…。俺の魅了の力も効かないのぉ?」
平然とフランツは口にする。
だがその内容へ腹を立てる前に、気になる単語があった。
黒い…針?
「へぇ~っ、それも闇魔力ぅ?俺が呼び戻された時は、布みたいに魔王様に巻きついてたけどぉ。あ~…そう言えば、さっき呼ばれた時はなくなってたなぁ。」
怒るでもなく、フランツは再び笑みを浮かべている。
どうやら先程の彼の回避行動は、無意識のうちに俺が闇魔力で攻撃形態を展開した為のようだ。
「魔王様っ!」
その時、悲鳴じみた叫び声と共に、勢い良く後ろの扉が開く。
長い銀髪を翻してフランツと俺の間に立ち塞がったのは、言うまでもなくダミアンだ。
俺の危機を察して、ここに駆け付けたのだろうか。
「フランツ、あなたはここで何をされているのですか。だいたい、魔王様に近付き過ぎです。」
チラリと床に倒れているアルドを見た後、ダミアンは感情を抑えたような問い掛けをする。
ってか、お前が前に立つと、俺の前方が全く見えなくなるんだが。
「何ってぇ…、食事?」
先程と同じように、フランツはヘラりと笑みを浮かべて疑問符付きの返答をした。
「…ここは宰相執務室です。食事をする場所ではありません。それに、あなたがここに入室する理由もありません。」
「えぇ~っ、俺だって次期宰相候補なんだぜぇ?それに、誰もいなかったから良いじゃんよぉ。」
話が通じていない訳ではないだろうが、フランツはのらりくらりと交わしている。
そんなやり取りを聞いていると、俺の感情の波が静まってきた。
平生を取り戻した俺は、床に倒れている熊耳が気になって仕方がない。
死んで…ないよな?
「ダミアン。アルドに治療を。」
「はっ。ですが、フランツを魔王様から離すのが先です。」
俺の言葉にすぐに応えつつも、ダミアンは行動を起こさない。
まぁ確かに、今のフランツは危険だけどな。
「何さぁ~。俺が悪者ぉ?」
「ご自分でもお分かりでしょう。魔王様のお心を乱すなど、言語道断です。お下がりなさい。」
ふざけた態度で小首を傾げるフランツに、ダミアンは少しも容赦がない。
俺の感情、か…。
けどあれ─だいたい、噛み付くなっての─…トラウマになりそうだぜ、マジ。