5.魔王に噛み付いてはダメです─4
「何…やってるんだ?」
俺は目の前に立つ人物─正確には人ではないが─に声を掛ける。
背を向けていたソイツが振り向いた時、俺の背筋にゾクッとした寒気が走った。
動きと共に、長いウエーブのついた赤い髪が揺れる。
同時に、黒い霧が立ち上った。
「何やってるんだと、聞いている。」
再度、威圧を込めて問う。
すると、漸くフランツが口を開いた。
「食事?」
何故か疑問符がついた答えだったが、見る限りで把握出来る状態である。
ただしその手にしているのは、通常俺がイメージする食事ではなく、茶色っぽい熊耳のついた獣人─アルドだっただけ。
視線をフランツからアルドに移すが、明らかにグッタリとした様子の彼。
ボンヤリと有らぬ方を見つめたままのアルドの首元が、色濃く濡れて光っている。
「何故ここにいるんだ、フランツ。何故、アルドを?」
「アルドぉ?…あぁ、この獣人の事かぁ。何でって、獣人だしぃ?」
感情を押し込めて問い掛けた俺に、フランツは事も無げに答えた。
そして挑発の意味なのか、自らの唇を舐める。
獣人…だから?
そう言えば今日の衛兵達は、獣人が全くいなかったな。これが、違和感の正体か。
でも、だからって…っ。
僅かに疑問に思った事に対し、俺の中の魔王知識が答える。
獣人族は魔族の中でも下位の存在であり、様々な欲求を満たす為に存在を許されていた。
勿論その中に、食欲も含まれる。
「吸血行為は、魔族相手─魔力自体でも良いって事か…。」
平生を装ってはいるつもりだが、背筋を走る悪寒は強くなるばかり。
吸血行為を目にした事で、襲われた記憶がまざまざと蘇る。
「そりゃ、人族の血液が一番美味しいけどさぁ。…あ、魔王様ってばもしかして、怖がってるぅ?」
からかいを含んだ声音で、フランツが笑みを浮かべた。
俺の感情と魔力に連結した彼等に、見せ掛けばかりの強がりは通用しない。
「うるさい。アルドを離してもらおう。」
波打つ感情を必死に抑え込み、真っ直ぐフランツを睨む。
「え~っ、俺の飯なんだけどぉ。あ、もしかしてぇ…、代わりに魔王様を喰わせてくれる?」
何でもない事のように、フランツは笑顔を浮かべた。
笑顔なのに、その瞳はギラリと輝く。
途端に心臓辺りが、ヤバいくらいに跳ねた。
「ねぇ。噛み付かせてよぉ。」
ドサッと鈍い音がする。フランツがアルドから手を離したらしい。
ってか、ソッと下ろせよ。
静かに歩み寄ってくるフランツ。
俺は執務室入り口に立ち尽くしたまま、動けなかった。
鋭い視線をフランツに向けているものの、身体は思うように動かない。
どうしちまったんだ、俺。




