4.魔王にサカらないで下さい─9
「魔王様っ!!」
爆音と共に飛び込んで来たのは、長い銀髪を翻した長身の男。
頭部のクワガタのごとき一対の角には、何故か1体の獣人が突き刺さっていた。
「っ?!そのお姿は…っ。」
息を呑むダミアン。
目の前に立つ蒼真は、腰辺りに申し訳程度の布切れと化した服があるのみ。だが、ほぼ裸身であるにも関わらず、地肌が見えない程、赤黒い液体にまみれていた。
「ま…おぅ…さま…。」
ガクガクと震える身体に鞭打ち、一歩一歩、蒼真に歩み寄る。その間に、頭部の角に刺さっていた獣人が霧となって消えた。
彼の髪と同色の闇魔力が、ピクリとそれに反応する。
敵対者と見なされたのか、溢れるように周囲に拡がっていた黒い霞が、意思を持って幾つかに纏まる。
「魔王様。わたくしがお分かりになられませんか?」
ダミアンが問うも、こちらを見ている筈の蒼真と視線が合わない。
そうしている間にも、纏まった闇魔力は、十を超えるイソギンチャクの触手状に変化した。
「あぁ…、魔王様…。何故だか、そのお姿が素敵です…。ゾクゾクしてくるのは、どうしてなのでしょう…。」
ダミアンは恍惚とした表情で、そんな蒼真を見ている。
闇魔力の形状が安定したのか、蒼真を中心に四方へ各々が伸びていった。あるものは地を這うように、あるものは宙を探るように。
その中の数個の触手がダミアンに触れたが、接触した事で敵ではないと認識したように離れる。
それを見て、ダミアンは漸く、蒼真のすぐそばにある黒い塊に気付いた。
「ソレですか、魔王様に手を出した愚か者は。」
静かな怒気を含んだ声。今にも斬りかかっていきそうな程、ダミアンは理性が飛びそうな表情をしている。
「…喰って…良い…か…?」
それを焦点の合わない視線を向け、首を傾げていた蒼真。そのボンヤリとしたままではあるが、ダミアンに告げた。
「へ…?あ、いや…、魔王様?」
ダミアンは思わずと言った感じで、間の抜けた返答をする。
それでも蒼真は、そんなダミアンに反応を示す事なく、ペロリと唇を舐めた。
「ま、魔王様っ?」
焦った様子のダミアンをよそに、蒼真は闇魔力で包み込んでいた、獣人魔族を吸収し始める。
大きな塊であった黒い山が、モコモコと不自然な動きをしながら、縮小していくのだ。
「あぁぁぁ…、魔王様ぁ…。」
嬉しいのか悲しいのか、複雑な表情を見せて悶えるダミアン。
そうこうしている短時間の内に、獣人魔族を包み込んでいた部分は消える。
後に残ったのは、ほんの僅かな紺色の毛束だった。