4.魔王にサカらないで下さい─8
何度目かの激痛が、今度は大腿部を襲う。
目が見えないってのは、肉体的な感覚を嫌って程に増加させるらしい。
俺の麻痺した声帯では音を発する事も出来ず、短い呼気を漏らすだけ。
四肢が動かないのを良い事に、左右の二の腕と右大腿部を鋭利な何か─考えたくはないが、小型の刀剣類だろう─で貫かれていた。
しかもご丁寧に、刺した後にグリグリ捩り込みやがる。
「…ククク…、涙か?泣いて許されると思っているのか、人族がっ。」
楽しそうに呟いたかと思うと、再び右大腿部に激痛が走った。
好きで泣いている訳じゃない。生理的な涙なんだから、イチイチ嫌味な反応するなよっ。
それよりも、俺…ヤバいよな。
ってか、何でこんな目に合わなきゃならんのだ?
誰も来ねぇし…ってか、四人の次期宰相候補は遠征中だった。変態ダミアンには、接近禁止令を出してるし。
…にしても魔法って、声で詠唱しないと発動しないんだな。さっきから何度も、この見えない相手にイメージしてるんだが。
相手が見えないからイメージが確立してないのか、発声による魔法発動条件がないからなのか。
この状況─身体が麻痺して声も出せず、プラス全身を襲う激痛─の中では、魔王知識の検索もままならない。
要は、集中出来ないって事。
「つまらぬなぁ、人族。このまま手足をもぎ取り、魔王城に芋虫のごときお前を送り付けるのも良いな。」
押し殺したような笑い声をあげながら、俺の頬をぬるついた何かで叩く。
これ、さっきから俺を刺してる短剣か?ってかここ、魔王城じゃない?
そう思った途端、髪を掴まれて持ち上げられ、右肩口にそれまでにない激痛が走った。生温い濡れた感触、今までにない距離感の呼気が聞こえる。
喰われた、と理解した。瞬間、俺の中で何かが弾ける。
◆ ◆ ◆
「グハッ!」
押し潰したような悲鳴が響き、蒼真の頭部は唐突に解放された。
だが、地面に叩き付けられる事はない。
蒼真の身体は黒い靄に包まれ、ふわりと音もなく浮かび上がった。
「な…っ、その力は…っ。」
驚きを隠せないようだったが、意味は理解しているようである。
そう。蒼真は今、闇の魔力を放出しているのだ。
闇の魔力は、魔王唯一のもの。数ある魔力の種類で、他に誰も持ち得ない力だった。
「だ…、だが声が出せなければ…っ。」
まだ強気に出ていたようだが、その言葉も途中で絶える。
蒼真の吹き出した闇魔力が、意思を持ったかのようにソイツの首根っこを掴みあげたのだ。
そして獲物と判断した闇魔力は、ゆっくりとソレの身体を包み込んでいく。
恐怖に歪む顔は、鼻先の突き出た、獣の形をしていた。