4.魔王にサカらないで下さい─3
背を向けようとした中途半端な体勢で、再硬直した熊男。
どうやら呼び止められる意味が分からなかったようで、混乱しているようにも見える。
「アルド・パマーさん。こちらの書類には不備があります。訂正し再度提出するよう、ジスヴァルト・ギュンタ騎士団長に言付けて下さい。」
ダミアンは小さなメモに何かを書き付けた後、アルド─さすがに、熊男じゃないのか─に書類ごと差し出した。
「は、はいっ。」
熊…アルドはビシッと敬礼をし、恭しくその書類を両手で受け取る。
ってか、イチイチ堅苦しいよな。
「それと、書類は自分で持って来るようにと。あれほど言っているのに、未だに人任せとは…。」
わざとらしく眉根を寄せて、溜め息をつくダミアン。
銀髪ストレートの美形がやると、それすら絵になるな、くそっ。
頭にクワガタ角があろうが、爪状の突起がついた茶色の猛禽類的翼があろうが─ましてや変態だろうが、イケメンである事には変わりがない。
やさぐれるぞ、俺。
「騎士団長ってのは、いつも来ないのか?」
アルドが退室したのを確認してから、俺はダミアンに問い掛ける。
「はい、申し訳ございません、魔王様。わたくしが政務を代行させて頂いて、約一年。何度も忠告しているのですが、いつまで経っても、アルド等下位の者に配達させる始末です。」
困り顔のダミアンは、普段よりも色っぽい。
いや、色気を感じてどうする、俺。
いつもが変態丸出しだから、真面目な場面に慣れてないだけだな、きっと。
「今度、俺にも会わせろ。どんな奴だか確認したい。」
とりあえず今のところ大きな問題はなさそうだが、余裕がなくなる前に、こういった小さな問題は潰しておきたい。
「はっ、畏まりました。」
ダミアンは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
「良いって、そういうの。面倒臭いな。」
思わず鬱陶しげに片手を振った。
「しかしながら…。あぁ、魔王様のいらした界では、身分制度がなかったのでしたね。」
先程とは違った困り顔を見せたダミアンだったが、不意に俺の言葉の意味を理解したようである。
「まぁ…全くなかった訳じゃないけど、俺自身はただの高校生…学生だったからな。とりあえずの敬意をはらう相手はいたけど、それほど上下関係が厳しくなかったんだ。」
俺は育ってきた環境の違いを、ダミアンに簡単に説明した。
だいたい、教師や先輩をとりあえず立てはするものの、本心からの敬意じゃない。
自分的に絶対的な君主は勿論いなかったし、国の頂点にいる存在ですら、テレビの中の存在だったからだ。
そんな俺自身が崇められる立場になるってのは、本当に複雑な心境なんだよな。