4.魔王にサカらないで下さい─2
「おい。俺だ、入るぞ?」
扉をノックして、宰相執務室に入る。
重厚な扉は何処も同じだが、さすがに政務を行う部屋なだけあって、色彩が茶色と黒に統一されていた。
「…っ。魔王様、失礼致しました。」
机に向かって何かを書き込んでいたダミアンが、俺の入室に慌てて立ち上がろうとする。
「良いよ、そのままで。俺は普段通りのお前を観察したい。」
いつもは─俺がいなければ─、コイツは無駄にサカったりはしないだろ。
そんな意を込めて告げたのだが、どうやらダミアンには通じなかったらしい。
あぁ、また身体に手を回して身悶えてる。
「とにかく、俺の事は気にするな。」
溜め息を押し殺し、俺は手近な椅子を持って壁際に移動する。
そして適当な場所に腰を落ち着け、遠慮なくダミアンの仕事風景を観察する事にした。
勿論、最初のうちはダミアンもこちらを気にしていたようで、チラチラと実際には向けられない視線を感じた。けれど忙しさの為か、次第にダミアンは手元の仕事に没頭するようになる。
うん、真面目な顔で仕事してたら、本当に出来る奴なんだろうな。
魔王記憶では、次期宰相候補に選ばれた五人が全て、かなりの人材らしい。
まぁ、そりゃそうだろうけどな。
そんな事を思っていると、扉をノックする音が響いた。
「はい。どうぞ。」
静かにダミアンが応える。
視線は書類を追っているが、来客には反応するらしい。
「失礼いたします。ヘイツ様、この書状なのですが…ぅわっ!」
そして入室してきたのは、丸くて茶色っぽい耳─熊か?─で頭部を飾った、肌の浅黒い男。手足が同じ様な毛色で覆われた、半人半獣だ。
で、何か書類を持ってきたみたいだが、俺を見て物凄く驚いた顔で硬直したのである。
「こちらは、魔王様でいらっしゃいます。」
「ででででででですよね…っ。」
事も無げに紹介するダミアンだったが、酷く動揺している男。
挙動不審気味に左右を見回しているが、この部屋には俺を含め、3人しかいない。
勿論、逃げ場はお前の背中にある扉だが。
「どうした。俺に気にせず、仕事をしろ。」
目を回しそうな熊男─名前を知らないから、これで良いか─は、慌てて手にしていた書類をダミアンに突き出した。
「こここここれをお願い致しますっ。」
説明もなく机に差し出された書類を、ダミアンはジッと見ている。
受け取らないのか、そもそもそれ自体を考えているのかは不明だ。
暫く書類を見つめていたダミアンが、漸くゆっくりとした動作で受け取る。
それに安堵したのか、熊男は明らかに肩の力を抜きつつ、それでも緊張を解く事なく、直立不動の姿勢を保っていた。
「ででででででは、失礼致しますっ。」
「待ちなさい。」
急いで踵を返そうとした熊男に、すぐダミアンの制止が入る。
おい、まだ引き止めるのかよ。