エピローグ
「あの~……、盛り上がっているところを本当に申し訳ございません。けれども先に婚儀を済ませて下さると大変助かると申しますか……。」
小さな声でダミアンが告げてくる。
我に返れば未だ扉の前であり、ダミアンの後ろにはミカエラとアルフォシーナもいた。
「……悪い、勝手に自分達の世界に入ってた。」
「す、すみませんでした。」
情けなくも謝罪の言葉を紡げば、リミドラも真っ赤になりながら頭を顔を俯ける。
けれどまたそれが面白くてクスクス笑い出すと、リミドラもつられて笑い出した。
「はいはい、仲が良いのは分かったから。」
ここで溜め息混じりに口を挟んだのは隼人である。
どうやら、いつまで待ってもやってこない俺達を迎えにきたようだ。
「悪かった、今から行く。」
「そうしてくれよ、催促が酷くて煩いんだからさ。」
不満そうな口調ながら、その表情は穏やかな笑みに包まれている。
「あぁ、分かってる。」
俺も隼人に笑みを返した。その隣ではリミドラも微笑んでいる。
この日の為に作り上げられたドレスは勿論豪奢で、白地に銀色の刺繍で細やかな模様が縫い込まれていた。
魔王知識によるとそれぞれが意味を持つ模様なのだそうだが、こんな時にそれを調べるような無粋な真似は出来ない。
総じて幸福や安寧や発展などプラスな意味を持つ模様のようなので、魔王の妃となるリミドラを祝ってのものである事に違いはなかった。
──今更反対意見など受け付けないがな。
しかしながらこの世界で魔王になって、こんなに穏やかな気持ちで自分の結婚式を迎えられるなんて思ってもみなかった。
勿論、結婚なんて初めは考えてもいなかったのだが──。
さて婚儀は婚約式と同じく、魔王城の2階バルコニーが面した中央庭園で行うようである。
相変わらずの見世物状態だが、魔族の体格に差がありすぎる事からして仕方がなかった。
進行は──既にレアキャラとなりつつあるものの──インゴフである。彼は二階バルコニーにいる俺達に問題なく接する事が出来る体格の為、筆頭魔法士である以外にも適任だと思われた。
そうして婚儀は滞りなく進む。勿論、俺の仕事はこの場にリミドラと一緒にいるくらいだ。魔族の式典は基本的に、筆頭魔法士が決まった台詞を延々と述べるくらいである。
「ソーマ様?」
「ん?どうした、リミドラ。」
隣で見上げるリミドラに小首を傾げつつ問えば、ふわりと笑みを返された。
「いいえ……あの、呼んでみただけです……。」
頬を染め、可愛らしく照れるリミドラ。
用事がなくとも、何度でも呼ばれたくなる。
「可愛いな、本当にお前は。」
俺は他者の視線も気にする事なく、その小さな身体を抱き上げて口付けた。
何やら揶揄する声が聞こえなくもないが、リミドラを傷付ける言葉ではない事だけは確かである。
「ま、魔王様っ!?」
羞恥で更に顔を赤く染めたリミドラが声をあげても、俺にとっては愛の囁きにしか聞こえなくなっていた。
さすがにこれ以上は婚儀を壊しかねないので自重するが、彼女から非常に甘い匂いが漂って来る気がする。
『魔王様、お気をお静め下さいませ。』
『そうですよ、魔王様。いくら繁殖期に入った番が目の前にいるとはいえ、ここで襲い掛かってはマズイですって。』
ダミアンとフランツの念話に、俺は我に返ってリミドラに視線を移した。
腕の中の彼女は羞恥に震えてはいるが、今はまだ警戒などの負の感情を浮かべてはいないよである。しかしながら、あくまでも今はだ。
魔王知識からも獣人族の繁殖期についての情報が知らされてはいたが、この匂いは下腹部を直接刺激する。
漸く俺は、婚儀の時期を繁殖期に合わせると言っていたダミアンの意図が分かった。
『ダミアン、お前……。』
『はい、どうされましたか魔王様。』
思わず愚痴りそうになったが、これも俺やリミドラを思っての事だと頭では分かっている。
『……婚儀が終わったら、暫く執務を任せるからな。』
『はい、仰せのままに。』
とりあえずダミアンに仕事を丸投げする事で、俺はこれ以上の言及を避けた。
そうしていつもより長く感じる儀式の終わりを待ち望む事になったが、この後は感情のままにリミドラと寝室へ籠る事にする。
──あぁ……でも彼女に嫌われないように、俺優先ではダメだな。
抱き上げたままのリミドラの頬に優しく口付け、逃げられないようにと心に誓うのであった。




