5.魔王は暴走してはいけません─7
「なに……言って……る?」
在らぬ方を見ていた蒼真の視線が隼人に向けられる。
「え……?」
腑抜けた声を漏らした隼人の翼が一枚落とされた。
これは神力で作られたものなので、隼人自身を傷付けるものではない。それ以上にその身に取り込まれた神力を削ぎ落とさなければ、現状彼の身の内に在る筈の魔核が押し潰されてしまうのだ。
「なに?」
「ふざけた事ばかりぬかしてんじゃねぇぞっ。」
今だ要領を得ない隼人の翼一枚を、再度振るった闇魔力の剣で切り落としてやりながら怒鳴る。
聞こえたんだ──魔王の力に呑まれて意識が黒い海に沈んでいた俺だったが、はっきりとコイツが隼人を『呼んだ』と告げていた。
「え?力に呑まれたんじゃなかったの?」
「そうさ。けどお前に呼び戻されたんだから、今度はこっちに付き合ってもらうぜ。」
何で戻って来れたのと唖然とした問い掛けがなされていたが、俺は構わずもう一太刀浴びせて神力の翼をもぎ取ってやる。
闇魔力の剣を切り返そうとして、不意に自分の手が──いや、確認出来る部位が真っ黒になっている事に気付いた。しかもただ黒いだけではなく、闇魔力を纏って鎧のように硬質化している。
「何だ、これ。」
思わず剣を握っていない方の手を広げて見れば、酷く爪が長く変化していた。
──まるでゲーム等で見る魔王みたいな……。
「ふふふ、今気付いた?それ、魔王の力だよ?今の君の姿を見せてあげようか。」
「はあ?」
隼人は俺の返答を聞くまでもなく、神力の何等かの技で己の前に壁のように鏡を作り上げた。
恐らくは相手の姿を映すだけのものではない筈だが、意図せず自分を見せられた俺は目を見開いて硬直する。
そこには全身真っ黒で、頭部に水牛の角を持つ異形の自分がいた。瞳の色は黒く、瞳孔だけが白い。あんぐりと間抜けに開けた口から覗く、有り得ない程に尖った牙は明らかに魔族──魔王と呼ぶに相応しい容姿だった。
「どう~?人間をやめて魔王になった気分はぁ。」
嘲るように告げる隼人は、俺の反応一つ一つを楽しんでいる。
──ちょっと待て、俺。
内心の動揺を霧散させるように、瞳を閉じて大きく数回深呼吸をした。向こうは俺の反応を観察する為か、こちらの隙を狙って攻撃をしてきもしない。
この野郎──事あるごとに俺の怒りを刺激して楽しんでやがるんだ。
そして感情が振り切れた事もあって、一際大きく息を吸い込み、吐き出すと共に俺は隼人を睨み付ける。
「OK、待たせたな。」
「あれあれぇ?あんまり動揺していないようなんだけどぉ。」
つまんなぁいと唇を尖らせて不満をアピールする隼人だ。
俺はそれを内心の憤りを見せずに笑みで返す。




