5.魔王は暴走してはいけません─5
「鬱陶しい……っ。」
俺の中で何かが吹っ切れる。
すると所持する中で一番濃度の濃い闇魔力が泥のように俺の足元から拡がり、一番近くに踞っていたダミアンを包み込み始めた。
「……ま……おう……様……っ。」
聖剣によって受けた痛みからか、俺から広がった闇魔力に包まれる恐怖からか。ダミアンの途切れ途切れの声は、しかしながら俺の耳には届かない。
そしてそのまま抵抗らしい抵抗もせず、ダミアンが闇魔力に呑まれるのを意識の端で認識していた。
クスクスと圧し殺すように笑う声が聞こえる。
「ダメだよぉ、魔王ぅ。敵味方の区別がついてないんじゃないのぉ?」
間延びした口調で語り掛けるのは、その表情にも蕩けたような笑みを浮かべた隼人の形をしたものだ。
そもそも隼人はこんな話し方はしないし、見せる顔も動きも彼とは全く違う。
「……る、さい……黙れ……っ。」
万力で絞められているかのように激痛が走る額を押さえながら、俺は苦痛で歪む視線を隼人に向ける。
だがその間にも、俺から拡がった闇魔力は四魔将軍達へ手を伸ばしていた。
「だからぁ、抵抗するから頭が痛いだってぇ。素直にその力を受け入れちゃいなよぉ。」
何を知っているというのか、そいつは隼人がしないような甲高い笑い声をあげる。
楽しそうに笑いながら、先程吹き飛んでぶつかったであろう壁を崩しながら立ち上がった。見たところ怪我らしきものすら負っていないようで、同じ様に飛んできていた聖剣に何の傷害もなさそうに歩み寄る。
そんな姿を目で追っている間に、既に抵抗出来る状態ではなかった四魔将軍達が次々と闇魔力に呑まれていった。
「ふふふ……、とうとう皆いなくなっちゃったねぇ。それとも、魔王が食べちゃっただけぇ?」
カラカラと聖剣を引き擦りながらこちらへ近付く隼人は、俺が吹き飛ぶくらい殴り付けた筈の拳の跡すら残っていない。
俺は喘ぐように口を開き、肺へ空気を取り込もうとした。だが入ってきたのは周囲に漂う濃い神力で、俺の身体が更に拒絶反応を起こしたかのように喉がひきつる。
ヤバい──と感覚的に分かった。そして本能的にこの原因である背後の神力核を振り返る。
そこには四魔将軍を包み込む俺の闇魔力すら近付きもせず、不自然にぽっかりと中心部分のみ空白の床があった。そしてそこに存在したのはそれまでの赤黒い塊ではなく、神々しい程の金色の光である。
「お前、は誰、だ。」
血を吐きそうな痛みを覚える喉で、それでも隼人の形をした者へ問い掛けた。
「分からないぃ?魔王ぅ。」
隼人の意味深な頬笑みに、首筋がぞくりと粟立つ。
分からない筈もなかった。もはや希望だけでは否定出来ない程、俺の引き継いだ魔王としての知識と力が共鳴している。
──あれは神力の化身だ。
それは疑いようもなく、俺が与えた筈の魔力を一切感じさせない神力の波動が隼人から溢れていたのである。




