5.魔王は暴走してはいけません─4
視界の端に二人を入れつつも、俺は前方の肉風船へ流す魔力を慎重にコントロールしながら増やしていった。
そして信号のように表面の色を変化させていた肉風船は、波打つ表層に次なる変化をもたらす。
黒く粟立ってきたかと思えば、パチリパチリと湯が沸くように内側から現れる小さな泡が弾け始めたのだ。
「気色悪いな。」
俺は思わず顔をしかめる。
まるでマグマのように、湧き出る泡によって表層が割れて赤い内部が見え隠れする。赤は周囲を包む魔力に触れると黒く変色するが、内側から再び押し出されるように現れた。
「人間の内側は赤いものですが、あれは肉とは異なるようですね。」
「何を冷静に観察してるんだよ。お前も結構酷い状態だからな?」
静かなダミアンの言葉に胡乱な視線を向けるが、俺自身も目の前の物体に『人』さを見る事が出来ない。
現状他に成せる事もない為、己の魔力に集中するのみだった。
「……縮んでませんか、魔王様。」
「あ?」
光の魔力調整を気に掛けていた俺は、ダミアンの声に振り向く。
だが彼の視線は肉風船に固定されていた為、それにならって意識を神力核へ向けた。
「……小さくなったな。」
呟きを返す俺。
確かに一時は象の倍はあろうかというサイズだったが、弾ける泡から何かを放出しているのか、今はその半分程になっている。
魔力に圧され、抑圧された神力が解放を求めた故の現象である事は理解出来た。しかしながら弾けた泡から逃げるのもまた神力である。
「だが、周囲の神力の気配が濃くなっているな。」
眉を寄せながらも、俺は周りに視線を巡らせた。
その際に意識的に隼人を避けたのが悪手だったらしい。
「ぐ……はっ。」
ダミアンの苦痛の声が聞こえた時にはすでに遅く、ブチブチと嫌な音を立てて彼の腹部から左脇に剣が通過した後だった。
ガクリと膝をつくダミアン。その横には聖剣で天を突くように掲げている隼人がいる。ボトリボトリとダミアンの魔力が足元に落ちていくのが見えた途端、俺は大地を蹴っていた。
殴り付けた拳によって吹き飛ぶ隼人。聖剣は宙を舞って落ち、俺から少し離れた床を滑っていく。
けれども今そんな事に向ける意識の余裕はなく、ない筈の心臓がドクドクと煩く脈動する感覚があった。更に背後から一度は静めた神力の圧迫が増す。
俺とダミアンの魔力圧がなくなった事で、神力核が勢いを再び取り戻そうとしていたのだ。




