4.魔王の突撃訪問です─6
「悪いな、やり過ぎた。」
俺はすぐさま周囲の闇魔力を回収し、再びテラスから人族王城へ舞い戻る。
そんな俺に飛び付くように隼人が抱き付いてくるが、さすがにこれを避ける訳にはいかなかった。一番の理由は隼人が倒れるからだが、心配させた負い目もある。
「もうっ、びっくりしたじゃないか!また蒼真がいなくなったら今度こそ僕は……っ。」
「悪かった。ごめんって、隼人。」
自分より少し背の高い隼人の頭を撫でつつ宥める。
だがやっぱりリミドラの方が抱き心地良いんだよな、なんて思ってしまった。小さくて柔らかくて……ふわふわだもんな。
「ま、魔王様……。」
「ん?」
戸惑ったような声音をあげたのは、いつの間にか謁見の間に顔を出していた人族の若者である。
おどおどしていて、今にも逃げ出してしまいそうだ。
「……人族。許可なく高位の者に声を掛けるのが貴殿方のやり方なのですか。」
そんな人族の若者に、ブリザードを纏いながら問うのはダミアンである。
比喩ではなく、氷魔力所持者は本当に周囲を絶対零度の空間に変えてしまっていた。
──ダメだな、こりゃ。
「ダミアン、待て。」
怒りに呑まれているダミアンを言葉だけで制するのは無理なので、声を上げながらも俺が人族との間に立ち塞がる。
さすがに俺の背に殺気を向ける事はしてこないので、少なからず理性が残っていたようだ。
「で。何の用だ、人族。」
俺は出来る限り威圧を抑え、震える子羊のような哀れな人間に問い掛ける。
この男は先程いた人族とは違い、初めての顔だった。それでも俺が魔王と分かるのは、纏う魔力の質が違うからだろう。
「も、申し訳ございません。ら、乱心した国王が、聖職者長を殺害し、神力核をぼ、暴走させました。」
「そんな言い訳が通ると思ってるの?」
男は震えながら蛙のように床に伏せ、真摯に現状を報告しているようだ。しかしながら、それに隼人が冷たく問う。
確かにあの国王ならば、戦闘向きではない聖職者達とはいえども、人数がいれば力付くで何とか出来そうだ。つまりは押さえ込めるだろうと言外に言っている。そしてこの男の格好から、コイツも聖職者なのだろうと推測された。
「ももも申し訳ございません。わ、我々は国王、に絶対服従の制約を、しておりまして、どのような悪政にでも、否やは認められないのであります。」
床に這いつくばる男が言うに、あの国王はとことん疑り深いらしい。
それ故に家臣他全て、それこそ城に入る人間全員に制約を強いているという、信じられない事情を説明してきた。ちなみにこうやって告げ口じみた言葉を紡ぐこの男は、制約から何らかの警告を受けているらしい。袖から見える腕や首筋の皮膚には赤黒い線状の紋様が蚯蚓脹れの如く浮き出ていた。
「バカなの?バカだよね。」
呆れを通り越して冷めた視線を男に向けている隼人。
ダミアンに至っては更に広範囲の周囲を氷結している。その影響で、最早天井からは氷柱が下がってきていた。壁に彩りを添えていたカーテンの様な布は、既に薄氷のように崩れ落ちたくらいである。
このような状態とはいえ俺や魔力の高い隼人には殆ど効果はないが、人族の男にとっては吹雪く冷気に髪や全身に霜が降りていた。
「他の人族の国も国王に対して制約をするものなのか?」
「い、いいえ。情けない事ながら、我が国のみでございます。」
寒さもあって青い顔は更に震えが増していたが、その男は気丈に逃げも隠れもしない。
良かった。人族全員が間抜けな訳ではなさそうだな。




