3.魔王に喧嘩を売ってはいけません─6
隼人やダミアンから漂ってくる微妙な空気の中、俺はドアルの紅茶だけが唯一の心の拠り所だった。
そんな永遠とも思える苦痛の時間が、ノックの音と共に終わりを迎える。
「リミドラです。」
「おぉ、入って良いぞ。」
俺の返答と共にドアルが動いた。
黒蝶の反応から近付いて来ているのは分かっていたんだが、何せ空気が悪かったからな。
ドアルが扉を開けたのだが、入室してきたリミドラを見て思わず俺の表情を緩む。
「お帰りなさいませ、魔王様。先程も御伝え致しましたが、やはり直接言葉を伝えられるのは嬉しいです。」
「あぁ、俺もだ。ただいま、リミドラ。」
ふわりと微笑み合う俺とリミドラ。
瞳の輝きも毛艶も良い事から、あまりストレスなく過ごせているようだと推測した。
「……蒼真。」
「あ、あぁ。リミドラ、こっちは親友の隼人。隼人、婚約者のリミドラだ。」
何故かゾクリとする声音だったが、隼人から促されてリミドラを紹介する。
「初めまして、隼人様。リミドラと申します。」
「………………。」
「隼人?」
ふわりとした笑顔で自己紹介するリミドラだったが、対する隼人はじっと見上げたままだった。
思わず彼の顔を見返せば、その視線は彼女の頭頂部に固定されている。
「……けもみみ?っわ!」
思わず呟いたという様子の隼人だが、これは獣人属にとっては禁句だ。それは魔族である『獣人』と『獣』は違うという矜持があるからで。
俺は即座に左側ソファーに座っている隼人の頭を押さえ付け、テーブルに擦り付ける。
「魔王の婚約者だ。お前より身分が高い。」
鋭く告げ、有無を言わさず罰した。
この場にはダミアンの他にドアルは勿論だが、リミドラにつけた専属侍女もいる。彼女は鬼族鴉天狗種から選出してもらっているので俺やリミドラに危害は絶対に加えないが、人の口には戸は立てられないのだ。
「ご、ごめ……蒼真。」
「……分かれば良い。だが次はないと思え。」
苦し気に謝罪の言葉を紡ぐ隼人に、俺は感情を押し込めて応じる。
本当なら隼人にこんな事はしたくない、当たり前だ。──けれど。
「あ、あの……魔王様?」
「何だ、リミドラ。こっちへおいで。」
隼人から手を離した俺はすぐに隼人の対面に移動し、その隣に座るようリミドラに手招きをした。勿論僅かに逡巡を見せた後ではあるが、リミドラは素直に俺の隣に腰掛ける。
その動きに頬が緩みそうになるが、困惑したような隼人の視線を感じて根性で口許を緩めるだけに抑えた。
──いかん。いくらリミドラが可愛いからといって、人目がある場所で締まりのない顔をしていたらマズイだろ俺。
力が全てである魔族ではあるが、その分周囲に気を配らなくてはならない。いつ寝首を掻かれるか分からないからだ。
勿論魔王もその対象である。




