3.魔王は万能ではありません─10
「それでもリミドラは俺の正式な婚約者だ。始まりが何であれ、俺を裏切る気がないなら問題ない。」
俺は正面に座るリミドラの目を真っ直ぐ見つめた。
切っ掛けなんて何でも良いんだから。
「魔王様……。はい、勿論です。」
少し潤んだ視線を細め、リミドラは笑顔を見せる。
実際、俺の掛け値なしの信頼を重く感じてしまっても仕方がなかった。
彼女にとって、あの断頭台で俺へ求愛した事に『利』があったのは事実だろう。
俺が断ろうが受けようが、あの何も出来ずに断罪される場面で一石を投じた事に変わりはないのだから。
種族の存続も掛かっていたし。
そこへ静かに扉を叩く音が聞こえた。
「申し訳ございません、魔王様。」
「ダミアンか。入っても良いぞ。」
俺は内容を聞く前に、ダミアンに入室許可を出す。
わざわざここに来たのだから、火急の用件なのだろうからな。
そうして扉を開けたダミアンは、リミドラに目礼をしてから俺に向けて口を開いた。
「魔王様。人族の集落を監視していた者から報告がありました。兵を率いて出陣したとの事。」
「そうか。」
ダミアンからの報告に、とうとう動いたかと僅かに心がきしむ。
しかしながらそれをどうこう出来る筈もなく、俺は魔王としての責務で動かなくてはならないのだ。
「兵の数は。人族の国から進行なら、少し時間にゆとりがあるだろう。」
「はい。兵の数はおよそ8,000。国内に入る頃には、もう少し増えている事が予測されます。到着まで5日程かと思われます。」
俺の問い掛けに淀みなく答えるダミアンは、質問内容を予想していたのだろう。
最近では変態度合いが下火になっていて、この出来る様子に忘れてしまいそうだ。──というか、宰相になったからか?
「分かった。では、フランツに魔族軍を集めさせろ。飛行型は集まり次第散開し、人族兵の正確な位置と数を割り出させるように。残りの隊から半分はここの護りに、半分は小隊を作って各方面に向かって沈静化を頼む。コンラートは使える魔道具の選出と配布。アルフォシーナもこれを手伝ってもらう。彼女の方が動きが早いから、配布をメインにな。ミカエラは高位魔族を集めて情報収集。」
俺は思い付く限りの人員配置を告げる。
軍事シミュレーションでも戦闘訓練でもない。
仕掛けられた戦争ならば、少なくとも逃げるという選択肢は存在しないのだ。
戦わなくては負ける──イコール『死』だろう。
人族は魔族に良い感情を持っていない事は明らかなのだ。
俺は魔王として、魔族を全滅させてはならない責務と義務があるから。




