3.魔王は万能ではありません─6
「それで、何かあったのか?」
「え?」
「いや、動いたから落ちたんだろ?」
「あ……、はい。」
抱き上げて近くなった瞳を覗き込めば、羞恥からかリミドラの大きな金色が潤む。
うわぁ……、今のヤバかった。このまま吸い込まれそうで、何だか身体も熱くなってきたし。
「悪かったな、不安定な場所に放置して。」
リミドラを左腕に乗せるように抱き上げていたが、静かに下ろして床に立たせた。
俺はそのまま自分の感情を誤魔化すようにしゃがみこみ、椅子の傍に落ちていたクッションを拾い上げる。
「あの……、魔王様。書類の、件なのですが。」
「ん?」
「勇、者の……存在、確認が……ありました。」
妙な緊張感を感じさせる間の後、リミドラが告げたのは隼人の事だった。
報告書によると俺と同じ匂いがする人族で、聖剣臭い──犬種の判断だからか臭い重視らしい──男がいるとの事。すでに国境近くの人族の集落に現れ、結界を強化して廻っている等の内容だったそうである。
あ~……、うん。出会う前に聞きたかったかも──いや、それはそれで結果は同じか。
「あぁ、知ってる。会ったし。」
「え……っ!だ、大丈夫だったのですかっ?」
事も無げに答えれば、酷く慌てた様子でリミドラが俺の両腕を掴んできた。
それにはさすがに驚いたのだが、本人はどうやら無事である事の確認をしているつもりのようで。あちらこちらに視線をさ迷わせ、怪我などをしていないか嗅覚も合わせて診察(?)している。
「安心しろ、何もなかったから。まぁ……、多少じゃない驚きはあったけどな。ところでリミドラ。この体勢……、ヤバくないか?」
しゃがんでいた俺は、勢い良く飛び掛かってきたリミドラに押し倒される形で床に尻餅をついていた。
そして彼女は俺の腹の上に乗っている状態で。
「ワフッ?!」
現状に気付かされたリミドラはボンと音がしそうな程に赤面して硬直し、その尻尾の毛は面白いくらい逆立っている。
彼女の反応に苦笑を溢しながらも、それ程までに心配してくれるのが嬉しくもある俺。
「まぁ、女に押し倒されるって良い経験が出来たけどな。」
笑いながら身体を起こし、リミドラを抱き上げるように膝に乗せてやった。
ちなみに人間だった時の俺ならば、こうはいかないだろう。大体腕力が足りなさすぎる。いくら小さいとはいえ、相手は赤ん坊でないのだ。
これも魔王となった利点なのだろう──と思いたい。