3.魔王は万能ではありません─5
「俺の解釈では、空気の疎密波を信号に変換して物理的な構造物を媒体として記録する。記録自体は震動をそのまま刻んだり、光や電気に変換したりするがな。」
とまぁ偉そうに説明する俺だけど、実際に作れって言われても不可能だ。
昔──人間だった子供の頃に──工作キットで作った事はあるけど、勿論あれは素人が製作可能なお手軽仕様になっているから作れただけ。実際の原理は全く理解していなかった。
「なるほど……。少し試してみたい事が思い浮かびました。また質問が出ましたら、お伺いしても宜しいでしょうか。」
「あぁ、いつでも良いぞ。」
ニコラの問い掛けにチラリとダミアンを確認し、許可を出す。
基本的に俺のスケジュール管理は、宰相であるダミアンありきだからだ。自分で把握すらしていない。
「ではそのように。ありがとうございます、魔王様。」
「御前、失礼いたします。」
そして深々と頭を下げた後、コンラートとニコラが連れ立って玉座の間から退室していった。
「では魔王様。わたくしは執務室におりますので、御用の際は何なりとお呼びくださいませ。」
「あぁ、そう……?」
「……どうかなさいましたか?」
残るダミアンが退室を申し出た所で突然俺が動きを止めたので、訝しげに問い掛けてくる。
俺は私室へ視線を向けていて、ダミアンはそれで何かを察したようだ。
「リミドラ嬢が何か?」
「……あぁ、ちょっとな。大事ない。ダミアンは執務室だったな。用があったら呼ぶ。」
「はっ。」
一先ずダミアンにはそう言って退室を促す。
そしてその背を見送る前に、俺は自室へと繋がる扉を開けた。
「……俺を呼べと言っただろ?」
言葉に僅かながら呆れが含まれてしまうのは仕方がない。
俺は目の前で書斎机の椅子から転げ落ちているリミドラに歩み寄り、その小柄な身体を抱き起こした。
「あは……、あははは……。」
羞恥と自己嫌悪から苦笑いを溢すリミドラだが、俺は怪我がなくて良かったと内心安堵する。
実際には落ちそうになった所で俺がつけた黒蝶が大きく羽根を広げて形態変化し、彼女を床への直撃から防いだのだ。
俺自身は万能ではないが、この闇魔力は使える。更に俺と繋がっている事もあり、細やかな動きが可能だからだ。
「怪我をしなくて良かった。」
「すみません、ありがとうございます魔王様。」
黒い空飛ぶ絨毯的な状態でリミドラを包み込んでいた黒蝶も、俺が彼女を抱き上げるとすぐさま元の掌サイズに戻る。
そしてふわりと舞い上がり、リミドラの左側の茶色の耳元にとまった。
うん。これはありだな。それは髪飾りのように、彼女の真っ直ぐな茶色の髪に彩りを加えていた。