3.魔王は万能ではありません─1
昨日は帰って来たまま、何をするでもなく自室に籠ってしまった。
ダミアンや他の四魔将軍達が心配しているのは連結からも伝わってきたが、俺に全く余裕がなかったのである。
「おはようございます、魔王様。お食事は御召し上がりになられますか?」
いつものようにカーテンを開け、ダミアンが声を掛けてきた。
「いらない。それより仕事をする。政務が溜まっているだろ。」
「はい。」
薄い夜着を脱ぎ捨てながら、俺は手早く着替えていく。
普段ならばダミアンがいる時には脱がないが、今は何だかどうでも良かった。かといって、侍女魔族の世話にもなりたくなかったがな。
「行くぞ。」
「はっ。」
俺の一言に、普通ならば勝手に己の性的世界に浸っているダミアンがすぐに応える。
それをおかしいと思う事もなく、俺はダミアンを引き連れて執務室に向かった。
「魔王様。おはようございます。早速ですが、御不在時の報告書を持って参りました。」
「分かった。」
留守を預けていたコンラートが、執務室に入ってすぐやって来る。その手には電話帳かと思う程の厚みの羊皮紙があった。
一週間程度の外出で何がそこまで出るのか不明だが、それすら俺の心を動かすものではない。なので素直にそれを受け取り、執務机に座ってからパラパラと目を通す。
「コンラート。これは誰が作った?」
だがそれも数枚捲ったところで俺の手が止められた。
これ以上見てはいられない。
「はい。犬種の獣人で御座います。現在各所で潜入調査を担っております故、それらの報告を取りまとめさせていただきました。」
真っ直ぐ、何の非もなさそうにコンラートは告げる。
うん、そう言う丁寧な態度は良いんだ。でも今言いたいのは、そうじゃない。
「そうか。それなら、俺の分かる言語で書き直してくれるか。」
俺はコンラートから渡されたままの羊皮紙を、そのまま束で差し返す。
「どうされたのですか、魔王様。あ……、犬語ですか。」
それまで俺達のやり取りを見ていたダミアンが歩み寄ってきたが、すぐに察したようだ。
一目で分かるのだが、羊皮紙に書き込まれている内容は全てが肉球跡。俺の認識する『文字』ですらない。
「そうでしたか。魔王様は犬種のリミドラ様と御婚約されておりますので、言語解読には問題ないと思っておりました。申し訳御座いませぬ。」
僅かに驚いたようなコンラートに、俺は苦笑いを返す。
いろいろあって忘れていたが、確かに俺の婚約者は犬種の獣人であるリミドラだ。最近は会っていない気もするが、手紙でのやり取りはある。
勿論内容は通常の魔族間で使われる言語である為、肉球模様の解読をした事はないのだ。