2.魔王と勇者は相容れません─9
「あ~……、何と言うか。」
思わず苦笑いが溢れる。
確かに俺は人族の集落を見に来たのだが、いきなりそんな事に発展するとは思ってもみなかったと言うのが正解だろうか。
そして会話の流れから正気に戻ったダミアンが、俺の肩の上で羽根を膨らませた。緊張か、警戒かは不明だが。
「どうしたの?あ、僕と一緒なら国境を越えるのも簡単だよ?何て言っても勇者だからね。」
事も無げに隼人が告げる。
本当に勇者ってのは、つくづく規格外なのだと思った。
RPGゲームの中では当たり前で、なくてはならないもの。だが現実的に考えると、各国の境界を素通りって防衛的に拙いだろ。
「悪い、やめとく。」
「……何で?あ、ひょっとして魔族に脅されてる?この国には他にも人族が住んでるんだよね。強制的に労働させられてるとか、食料目的に養殖されてるとかだっけ。で、逃げると家族まで殺されるとか。」
「は?」
俺が困った顔で拒否したからか、不思議そうに首を傾げた隼人は訳知り顔で追求してきた。
けれどもその内容があまりにもすぎて、俺は真顔で返してしまう。魔王である俺が知る限り、事実上そのような事はないはずである。
「ん?違った?僕はそう人族の国に訴えられて、魔物と魔族の討伐を依頼されたんだけど。あ、魔王は前勇者が討ち取ったけど、まだまだ魔族が残ってるからって言われてね。」
悪気のないその顔からは、魔族=悪の図式が当然と思っているようだった。
確かにゲームでは魔族は悪なんだけど。
「……俺は全ての魔族が悪い奴等だとは思えない。」
波風を立てたくはないが、隼人の言葉を俺の中の魔王知識と今までの経験が肯定させてはくれない。
身体が熱くなる。封じてる筈の闇魔力が暴れそうだ。
「そうなの?おかしいなぁ。僕を喚び出した人族の国では、多くの人が魔族や魔物に家族や身内の命を奪われてたんだって話だったけど。」
首を捻る隼人には悪いけど、人族ならば無条件に善という訳ではない。
「とにかく。俺は人族の国には行かない。」
「ふぅ~ん。……それなら何故この国境の森にいたのかな。」
断言した俺に、隼人の鋭い指摘。それほどまでにここは人族の国に近かった。
「ねぇ。そのフードを取ってよ。オーミは魔物じゃないよね?」
それまでの笑顔を消した途端、隼人の纏う空気が冷たくなる。
同時に、パキッと音をたててコンラートの魔道具が壊れた音が聞こえた。勇者の威圧、半端ない。
「……魔物じゃ、ない。」
押し付けられるような圧迫感に喉が渇き、そう答えるだけで精一杯だった。
これが勇者の威圧感なのかもだなんて、現実逃避したくなる。
今の俺は魔力を封じている為なのか、隼人の気配が酷く息苦しいものに感じられた。
「それなら、魔族?」
感情のこもらない問い掛けに、俺の心の奥の方でツキンと刺すような痛みが走る。
隼人に嘘はつきたくない。