1.魔王になりました─10
「前魔王様の、全ての存在が、ソーマであった、貴方様に。新魔王様の、誕生でございます。」
胸辺りに毛むくじゃらの手を当て、恭しく頭を垂れるインゴフ。
今までの態度は、俺が完全な魔王じゃなかったからかよ。
「はい、はい。とりあえず、俺は魔王な訳ね。もう、それで良いや。で、他の血肉を別けてくれた奴等は?」
俺は、自分が魔王である事を認めた。
もう良い。そして、次だ。
「一人は嫌っちゅう程に分かりすぎる、ダミアンだろ?他は?」
視線の端、一人で未だに恍惚としている、翼ある残念美形変態魔族をさす。
コイツはお迎え係りだった事もあり、初めから俺の傍にいる。
だが他にも四人いる事は、ダミアンから聞いていた。
「はい。ただ今それぞれが、別々の案件を抱え、奔走しております。」
インゴフの説明の後、俺の脳内で過去映像として記憶が再生される。
思い出す─とは少し違うものの、魔王としての記憶の蓄積が、必要な時に取り出されるようだ。
「あぁ、そうだったな。フランツは北、アルフォシーナは西。ミカエラは東で、コンラートが南。良くもまぁ、こうも四方八方から人族に狙われるもんだ。」
呆れたように告げれば、インゴフが長い首を縮める。
「前魔王様を、勇者と名乗る人間が、殺めたからに、ございます。周囲を覆っていた、我々の結界が緩み、その隙をつき、侵入を試みている、愚かな者共が、いるのでございます。」
「それでも…いや、だからこそ、人であった俺を次の魔王にしようなんざ、正気の沙汰とは思えんがな。」
人であった─もう、人間であると主張出来ない俺。
記憶の継承で知った。
かなりの損傷を負った俺に対し、元通り回復させる為の血肉を、次期宰相候補達が担った事実。
それによって俺は、完全なるヒトではなくなったのである。
「人族に勝つ為、我々魔族に、人族を取り入れた次第で、ございます。」
「あ~、それなんだけどさ。勝つとか負けるとか、俺の方針で良いんだよな。」
インゴフの言葉に俺は、疑問ではなく断言として返した。
初めから、好きにさせてもらうと宣言しておいたしな。ってか俺自身、人族殲滅とかしたくないんだけど。
「…我々魔族を、滅ぼす事の、ないように。」
「まぁ、それは分かってる。強制的にとはいえ、魔王を任されたからな。受けた以上、放りはしないさ。それに、そういう事がないようにする為の、コイツ等のリンクだろ?」
俺はインゴフに約束しながらも、次期宰相候補達が自分につけた枷を取り上げる。
次期宰相候補たちは俺に血肉を分け与えた時、俺の感情と魔力に、自らの核を連結させたのだ。
必要以上にダミアンが反応するのは、このリンクが原因でもある。
…あ、本人の元々の素質もあるけどな。
いや、ダミアンはそれの方が大きいか。