1.魔王は人族でした─10
「無理。あれは鬼族鴉天狗種の長のもの。持ち出せない。」
「あ~、やっぱり?……それなら同様の小結界を作れる、みたいな道具はないか?俺の魔力を抑える事が出来る高性能の品なんて、鬼族鴉天狗種の集落でしか見た事がないからな。」
そう言いながら、俺は思い返す。
反対派の獣人に襲われた時も魔法が使えなかったが、あれはどちらかと言うと魔力を封じた訳ではなく、麻痺した身体で声が出せず視界を奪われた事に寄る弊害だろう。混乱していたしな。
詠唱なしで魔法を使える事も分かっているし、気配を読めばイメージを確立させる事も可能なのだから。
「同様の……ん。それならある。潜入調査用のマント。」
「マジで?それ貸してくれっ。」
喜色満面に食いつく俺に、アルフォシーナは再びキョトンと目を丸くした。
可愛いじゃないか。
「……魔王様。何処行くの。」
だがすぐ訝しげに表情を歪める。
まぁ、いくらなんでも気付くか。魔力を隠して行くところなんて、ろくでもない場所だと分かるし。
「人族の集落……。」
「ダメ。」
速攻ダメ出しだった。
しかも基本的に真顔だからか、何か地味にダメージを食らう。
「だからな?」
「ダメ。」
その先の言葉を言わせてもくれず、アルフォシーナに拒否されるばかりだ。
ダメだ、話し合いにすらならない。
「あ、宰相様から呼び出し。」
ピクリと何かに反応したアルフォシーナは、淡々とそれだけ告げる。
俺には聞こえないが、ダミアンからの四魔将軍召集があったようだ。
「……分かった。行ってこい。」
あからさまに肩を落とした俺は、用事は済んだとばかりに片手をヒラヒラと振り、アルフォシーナの退室を促す。
呼び出し前に話をつけたかったが、思ったよりも頑固で打ち負けた俺。
こうなったら、ダミアンの説得に賭けるしかない。
俺は溜め息と共にソファーに沈んだ後、再び執務机に向かう。
暫く留守にするつもりならば、この机の上くらいは片付けておかねばならない。そうでないとその後の俺が死ぬ。
というか俺はダミアンも巻き込むつもりなので、尚更書類が大変な事になると簡単に予想出来るのだ。他の魔族達は基本、書類整理に向いていないからである。
「何だ、この書類は……。」
だが手に持った一発目から不備ばかりの羊皮紙に当たる。
しかも署名を見れば、『また』ジスヴァルト・ギュンタだ。ここまでされると本当に嫌がらせとしか思えない。
「はい、やり直し。」
再考の箱に投げ入れると、俺は再び数を減らすべく仕事に取り掛かる。
一枚一枚に無駄に時間を掛けている暇はないのだ。
まぁ、実際には人族の集落に行きたいだけでもある。要は、目の前に人参だ。
ふっ……、これでダメとか言われても俺は行くがなっ。