1.魔王は人族でした─8
「わたくしがこの目で勇者と名乗る人族を確認した訳ではございませんが、前魔王様の崩御後の混乱に乗じて姿をくらませたと耳にしております。それが魔法による転移なのか、手引きするものがいての事なのかは不明ですが。」
ダミアンは少しだけ苦い顔をする。
と言うか普通、魔王城に賊が侵入した時点で厳戒体制になる筈だ。それを次の宰相に請われる程の立場で、強い魔族としてのダミアンが知らないのは不思議である。
と、そんな俺の表情を見てとったのか、ダミアンが再び口を開いた。
「次期宰相候補者達は皆、勇者が魔王城に攻め入った時点で筆頭魔法士により空間隔離されるのです。過去に魔王様並びに次期宰相候補者が殲滅された事があるようでして、その回避措置なのだそうです。」
ダミアンから苦々しく語られた歴史に、俺の中の魔王知識が再生される。
確かに過去に一度だけ、魔王討伐をしにきた人族の勇者にほぼ全ての魔王城内にいた魔族が殲滅された事があるようだ。
凄いな、惨殺だぞこれ。酷く好戦的な勇者だ。ってか、戦闘狂?相手が魔族だったら何でも許されるってか?
「で、それ以来次期宰相候補者だけは脅威から隔離するって訳か。マジで大丈夫か、魔族。いや、人族の方が残酷非道って半端ないな。」
俺は大きく溜め息をつく。
「申し訳ございません。」
「良いって。別にダミアンが悪い訳じゃないし、それだけ対魔族戦に特化された職種である勇者がヤバい事は分かった。でもそれなら、俺も一度見ておきたいな。」
「はい?」
項垂れたダミアンの頭頂部にそう告げれば、唖然とした声を上げられた。
珍しく驚きに見開かれた金色の瞳。
「俺、ちょっと人族の集落を見てくる。」
空になったカップをテーブルに置いた俺は、片手を上げて立ち上がったのである。
「なっ、お待ちください魔王様。そんな簡単に、散歩してくる的な言い方で……意味が分かっておいでなのですか?」
「ん?大丈夫だって。俺、元人族だし。」
驚くダミアンに軽く告げる俺。
人族と魔族の仲が良くないのは理解しているが、外見上ははっきり言って人族の方が近いのだ。潜入捜査をするにしても、俺の方が適任である。
「……分かっておられない。魔王様の御髪の色、魔族特有の虹彩もしかり、何と言っても溢れんばかりの魔力。群れるしか脳のない人族のような劣等種と同じ筈がないではありませんか。」
「それ、魔族からの見解だろ?それに、力が弱いと称する人族の勇者に怯えるのは、他でもない魔族だよな。」
「っ。」
俺の指摘に、ダミアンが押し黙る。
悔しさを僅かに滲ませた表情に、魔族とは言っても感情の起伏は人族の持つそれと変わらないと思った。