1.魔王は人族でした─7
翌日の俺とダミアンの仕事は多忙を極め、元々食事を取らなくて良い体質もあって夜が更けるまで机にかじりついていた。
「とりあえずキリがついた……。」
ボヤキつつ、執務机に倒れ込む。
羊皮紙の上に乗らないように気を付けてはいるが、机の上もインクが少なからず付いているので綺麗ではない。
「魔王様。お顔が汚れてしまいます。」
ダミアンの少しだけ呆れたような声に視線を向けた。
彼は応接テーブルにお茶を出してくれているが、本当にコイツはタイミング良く入れてくれる。
これで変態でないのならば最高なのだが。
応接テーブルに移動し、柔らかなソファーに身体を沈めてお茶を飲む。
うん、旨い。この仄かな甘味が、今の疲れた身体に染み込むようだ。
「仕方ないだろ。ヒトと違って飯も排泄も不要とはいえ、終日の事務仕事は疲れる。主に精神が。」
「魔王様は人族ではないのですから、あとは慣れですよ。」
その間に俺の執務机を清掃しているダミアンだったが、事務仕事に対するフォローはない。
これが当たり前とか言うなよ。
「くそぉ、慣れたくないぞこんなもん。ってか話は変わるが、人族の集落は遠いのか?最近の報告に、彼等の不穏な動きが多くなってきているとあるが。」
やさぐれそうになりながらも、カップをテーブルに戻しつつ問う。
俺に回ってくる書類は決裁は元よりだが、魔族としての各方面からの報告が数多く占めているのだ。
「そうですね。集落自体は国内にも幾つかございますが、国規模となりますと距離があります。そして前回は魔族の国を囲む四カ国の人族の国から一斉攻撃を受けましたので、現四魔将軍に四方へ飛んで抑えてもらいました。それもあって最近は少し大人しくあったのですが、今回は様子が異なるようです。」
話している間にもテキパキと執務机の片付けをこなした後、自分の机から一束の羊皮紙を持ってくる。
どうやらそれが人族の動きを取りまとめた書類のようだ。
って言うか、国内に人族の集落がある事にも驚く。
「違う、とは?」
ダミアンの言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、真っ直ぐに彼を見上げる。
その視線を受け、ダミアンは手にしていた羊皮紙を俺に差し出した。
それには国の被害状況が細かに記してあり、年月を追って増加傾向にある事が分かる優れもの。
「はい。元々人族は我々の土地を求めていたようなのですが、今回は魔族に対する敵対行為が目につきます。」
「俺が来る前に勇者がいたんだろ?それはどうなったんだ。」
俺は報告書を目で追いながらも、自分の中の魔王知識を探った。
前魔王を倒したとされる勇者。しかしながらそれに対する知識は乏しく、人物像すら光となって認識出来ない。
更なる過去を辿っても同じである。
勇者という存在を明確に伝えない為なのか、引き継がれる知識にその人族の容姿は何処にもなかったのだ。