1.魔王になりました─9
そこへ現れる、長い影─インゴフだ。毛むくじゃらの腕を伸ばし、俺の身体を拾い上げる。
その間、世界の時は止まっていた。
当たり前か。こんな見てくれの奴、あの世界では受け入れられやしない。
あ、急に視界が暗転した。これは…、何処だ?
暗闇の中、幾つもの力が俺を包み込む。見えないのに分かるって、何だかおかしいんだけど。
それが血であり、肉であり、力である事が分かった。
そしてそれから後は、この肉塊がマオウと呼ばれていたストーリーのようである。
あ、倒されたって…勇者じゃん。この装備、絶対普通の人間じゃないよな。
マオウ?…魔王、かよ。
漸く、とか言うなよ?すぐに分かれって方が無理なんだ。
普通の高校生だった俺に、変な格好した奴等がマオウ様~とか呼ぶ。それで…あぁ、俺は魔王だ…って、思うかっての!
「魔王…様?」
恐る恐るといった感じに、静かに声を掛けられた。
「…ダミアン、か。問題ない。」
ホゥ…と溜め息をつき、俺は閉じていた目を開ける。
「おぉ、美しい金色の瞳…っ。まさしく、貴方様は魔王様でいらっしゃるのですねっ。」
興奮気味に両手を組み、頬を赤らめるダミアン。そして、ブルブルッと全身を震わせた。
潤んだ金色の瞳…、恍惚と空を見ている。
っておい、まさかまた…。
「ん?金色?」
突っ込もうとした色々な事が、思い出したその一言で吹き飛ぶ。
「いや、ちょっと待て。俺の目は普通の…あ、この世界では知らんが、俺のいた世界では普通の、黒色だろっ?」
焦りながら叫ぶ俺。
確かにブラウン系の虹彩カラーが多いものの、ダークブラウンより濃い目の、黒にしか見えない虹彩の人もいるのだ。
ちなみに俺の家族は皆、真っ黒な虹彩をしている。いや、もう会えないかもしれないから、していた…か?
「魔王様。我々魔族は全て、金色の瞳を、もっております。…お分かりでしょう?」
インゴフが今までになく、腰を低くしている。毛むくじゃらの手足を可能な限り折り曲げ、蛇頭をこれ以上ない程に下げていた。
何故だ。今までの態度と違う。お分かり、って…?
「あぁ…魔王の記憶から、な。って、だから俺が魔王ってか?」
「そのようにございます、魔王様。」
「あぁ~、魔王様ぁっ。素晴らしいですぅ~。」
真面目な会話をしている俺とインゴフのすぐ後ろで、一人ダミアンが恍惚とした表情で跪いている。
そういえばコイツ、また一人でイってやがったな。
「ったく…魔王ってのは、ただの記憶の継承かよ。」
「いいえ、違います。記憶が主体ではなく、存在そのもの、ですよ。」
そして、インゴフが視線を送る先を見た。
あぁ、そう言う意味か。…強制的に納得させられた感じだが。
俺の視線の先には、あの黒い毛皮の肉塊がなかったのだ。
本当に、最初から何もなかったかのように。