1.魔王になりました─8
「大丈夫ですかっ、魔王様っ!」
両肩を掴んでグラグラと頭を揺すられ、違う形で意識が遠退きそうだった。
「やめい、ヘイツ次期宰相候補。少しソーマから、離れてもらおう。」
いい加減頭にきたのか、インゴフが少しばかり強引に俺とダミアンを引き剥がす。
と言うより、俺からダミアンを剥がす感じだな。
「意識はあるか?ソーマよ。」
「あぁ…、何とかな…。」
毛むくじゃらの腕に乗せられ、不格好に仰向けになっている俺。
下からは何故か、殺気だっているダミアンの気配がする。
「ともかく。ソーマよ。お前さんが、次期魔王様じゃ。細やかな説明は、記憶の継承と共に、渡される。」
再び淡々と、インゴフは俺に告げた。
何だかもう、反対も選択も、全てが遅いらしい。
「気に食わないけど、もう決まってるんだろ?選べないなら良いや。とりあえずは、マオウとやらになってやる。その後は俺の好きにさせてもらうけどな。」
インゴフの腕の上で半身を起こすと、俺は承諾した。
ごねても変わらないのであれば、後で自分が都合の良いように動くまでである。
「では、認証の儀を、執り行う。」
声高にインゴフが告げると、突然背後が明るくなった。
お…、何て言うか…、凄いな。
これしか感想は出なかったが、俺の視界に映った光景は、まるでゲームの世界である。
ずっとそこにいたのだろうが、インゴフよりも巨大な肉塊が奥にあった。黒い毛皮に包まれた巨躯は、微かに胸部を上下させている。
大きすぎて全貌は見えない。だがその生命の力が、とてもか細いものなのだと、肌で感じた。
「ソーマよ。ここに。」
インゴフに指示され、そのデカ物の近くに立たされる。
と、ここで気付いたが、足下には淡く緑色に光る紋様があった。
まるで魔法陣のようだ─と思った時、何やら聞き取れない言葉を紡ぎ始めていたインゴフの身体も、紋様と同色に光り出す。
次に俺と、黒い肉塊までも。
「っう…?」
困惑していた俺の頭に、今度は高速再生の映像が流れ始めた。
言うなれば、録画再生の四倍速か…それ以上。
それは、俺が俺の世界にあった時から始まる。
自分の身に起こった出来事を、他者目線で映画のように観た。
ドキュメンタリー番組のように…。
歩道を歩く俺、横断歩道を渡る小学生。突進してくる大型車、飛び出す俺。少年の腕を引き、俺が横断歩道に出る。
うん、記憶通りだよな。
そして勢いを殺す事なく、俺にぶつかる大型車。へこむ肉体と車体。弾き飛ばされ、アスファルトに叩き付けられ、跳ねる身体。赤黒く染まる周囲。
あぁ…何か、気分悪くなってきた。
誤字訂正(3/13)