5.魔王を誘惑してはいけません─7
翌日。
早朝からダミアンの報告を受けた俺は、再びミカエラの執務室に足を運んでいた。
本来ならば向こうが来るのが筋だろうが──ってのは、もう良いな。
昨日同様、先導させたダミアンがミカエラの執務室の扉を叩く。
「いらっしゃ~い、蒼真ぁ。あと、ダミアンちゃんもありがと~。」
ここはバーかと思うような仕草で扉を開けてくれたミカエラ。大きく扉を開け、にこやかに入室を促してくる。
それに対し、俺は無言で中へと足を踏み入れ──中にいる人物を確認して僅かに目を見開いた。
「なぁに?蒼真ぁ。わっち、何処かおかしいかしらぁ。」
窓際に立っていた人物──ってか、ミカエラ──が頬に手を当てて小首を傾げる。
俺は思わず後ろを振り返り、扉を開けてくれた彼女を見た。──同じである。
「「蒼真ぁ?」」
前と後ろから二重音声が聞こえた。
双子──ではない。これはミカエラの分身であり、彼女の得意とする能力だ。それは分かっている。
「記憶は共有しているのだな?」
「「えぇ。」わっちは分身を己と同一の個体として動かす事が出来るのよぉ?」
俺の問い掛けに同時に返答するが、その後は窓際に立つミカエラが話を続ける。
二人で会話を続けられなくて何よりだ。
「実際の記憶は、分身が呼び掛けた時と消える時に統合される感じかしらぁ。意識すれば離れた場所にいる分身の記憶を読み取る事も可能ねぇ。」
両腕を後ろに組み、胸を突き出す形でクネクネと動く。
無駄な動きが多いが、魔族でも女体に意識を奪われるものが多い事も事実だろう。
「それで?」
「え~っ、まだ足りないのぉ?」
「報告書もまともに出していないだろ。」
「ん~っ、それはぁ…ダミアンちゃんに任せたのぉ。」
少なからずとも報告書があれば行動内容が掴めるのだが、次期宰相候補者達は揃って書類仕事を避けて通るらしい。
「ダミアン。これは改善の余地ありだぞ。」
「はっ。」
執務室ソファーに腰を下ろしている俺の斜め後ろに、相変わらず定位置のダミアンだ。
彼自身も書類仕事をメインにしているが、必要最低限の重要案件くらいしか書き残してはいない。──つまりほぼ全滅である。
「だってぇ。」
「だってじゃない。人族の討伐に関する報告書も、誰だったか下の者に書かせていただろ。」
「魔族なのだからぁ、細かい事は良いじゃないのぉ。」
「魔族でも、だ。俺が必要としている、ではダメなのか?」
いつまでも魔族の国が安泰であるとは限らないのである。
しかし、ただでさえ個人主義の強い魔族だ。魔王相手とは言っても、“面倒”の一言で終わりそうな気がする。
現に、次期宰相候補達ですらこれなのだ。
──変に盛って肉欲を強調されるよりは、文章書くの嫌ってくらい可愛いものだけどな。
文章訂正2017,02,14