5.魔王を誘惑してはいけません─3
俺は視線を巡らせ、ミカエラの姿を確認する。
彼女はダミアンから突き飛ばされたのか、壁際にすがり付くように座り込んでいた。
「…大丈夫か、ミカエラ。」
「え…っ?あ、はいっ!」
呆然自失としていたミカエラだったが、俺の声に跳ねるように立ち上がる。
若干顔がひきつっているのは、先程まで立っていた床を見ていたからか。
「ご、ゴメンなさい魔王様…っ。」
少し震えた声でミカエラが頭を下げた。その青ざめた顔に、俺は自嘲の笑みが浮かぶ。
怖がらせてしまったな、これは。
「…何だ。もう蒼真と呼んではくれないのか。」
「っ?!」
俺の嘲るような言葉に息を呑むミカエラ。
ダミアンが俺の肩に触れ、屈むように俺の耳に顔を近付けた。
「魔王様。ここでは…。」
「あぁ、そうだな。」
廊下で話していた事を指摘され、改めてミカエラに視線を移す。
「あ、どうぞ…。」
「あぁ。」
オドオドとしながらも、漸くミカエラは俺を執務室へ促した。
ダメだ、完全に怯えられている。
執務室内に入ったは良いものの、部屋の主は明らかに俺の様子を伺っていた。上目遣いで見上げ、ソワソワしている。
「次はミカエラを観察対象にしようかと思ったが、やめた方が良さそうだな。」
「えっ?や…、そんな…事は…っ。」
少し溜め息をつきながら告げると、先程までとは違った慌て具合でバタバタし始めた。
どうしたいのか分からないが、やめてほしくはない様子…か?
「ハッキリとしなさい、ミカエラ。魔王様は御忙しいのです。コンラートでも構わないのです。」
「それは嫌っ。わっちは蒼真と一緒にいたいのよぉ!何でダミアンちゃんはそうやって冷たく言うのぉ?」
ダミアンの冷たい突き放すような態度に、ミカエラは頬を赤らめて怒り出す。
「ミカエラがハッキリと答えないからです。先程の事は明らかに貴女に非があります。きちんとした謝罪もまだ。自己の主張しかしない。これ以上は許しませんよ。」
「あ…っ。魔王様、申し訳ございませんでした。」
ソファーに座った俺の斜め後ろに当たり前のように立つダミアンは、感情を見せない冷たい言葉を続けた。それを受け、ミカエラは慌てて俺に頭を下げて謝罪を告げる。
やはり、ダミアンの方が立場が上なのか。
「…良い。分かった。それで、ミカエラは俺がいても問題ないんだな?」
「は、はいっ!わっちは蒼真と一緒にいたいのよぉ。遊んでぇ?」
「いや、遊ばないから。分かってるんだろ?俺は次期宰相候補者を決める為の選考中だ。」
確認の言葉に、急にしなをつくってみせたミカエラをバサリと切り捨てた。
ダミアンとは違った意味で疲れるキャラだな、本当に。