第五:対なる二つの組織 Part3
2067年7月18日
この日は如月学園の一学期の終業式の日である。
しかし、もうその終業式は終わり、クラスの中では、実家に帰るための手続きを担任に提出するか、夏休みをどう過ごそうかと、友人と適相談し始めているという生徒がほとんどだ。
そんな慌しい連中に囲まれながら、葉月はある事に対して悩んでいた。
そのある事というのは、今から3日前に吉良から誘われた風紀委員会への入会の件だ。
問題はない。 そうは思う。 だが、妙にスッキリはしなかった。 可能性は低いが、校長の葉が一枚噛んでいるという可能性もある。
(やっぱり、事が上手く進みすぎている…………)
そう。 いくら自分の成績が良かったとはいえ、正直、ここまで簡単にどちらかの委員会から声が掛けられるとは思っていなかった。
だからこそ悩む。 自分がどうすればいいのか。 それを考えれば考えるほど、眉間にしわが寄った。
「どうしたの葉月?」
ふと、今まで自分の友達と話していた愛海が、心配そうな顔をしながら彼の顔を覗き込む。 悩んでいた顔をした葉月が心配になったのだろう。
普段はアホでどうしようもないくせに、葉月のことに関しては敏感だった。 「すごいな」と、葉月は心から自分の姉を称賛した。 声には出さないが。
「いや……うちの姉はどうやったら頭が良くなるかなって思っただけだ」
「酷い!! ちょっと赤点があったからって!」
「赤点の数のほうが多かった気がするんだけど?」
「あ、美緒ちゃ〜ん。 補習終わったらそっちの部屋に遊びに行ってい〜い?」
誤魔化す様に友達達のほうへと戻っていく愛海を、葉月は「やれやれ」と思いながら見送る。
ちなみに、篠原愛海という人間の頭脳は、葉月から言えば、いろんな意味で『終わっている』。 お世辞で言っても『頭が悪い』という風になってしまうほどだ。
魔術自体の才能に関しては、実はLEVEL2と、やや恵まれているのだが、彼女はそれを十分に発揮できず、実技でも中の中位の成績。 この学校に入ったのも補欠合格(または裏口)とか言う話だ(さすがに嘘だとは思うが)。
(何でこの学校に入ったんだ?)
素朴な疑問を浮かべながら、葉月は教室を後にした。 下駄箱で自分の上履きと外靴を入れ替え、昇降口で履き替る。 特に寄り道する予定を作らないで、真っ直ぐに寮へと向かうことにした。
太陽は雲で隠れているものの、やはりもう夏であり、メチャクチャ熱い。 汗で長い前髪が顔に張り付き、鬱陶しく感じる。 「そろそろロングコートは脱ぐべきかもしれないな」なんてことを考えながら帰り道を歩いていると、声が聞こえた。
(これはっ!)
ただの声じゃない。 歌だ。 それも、『魔力を含んだ特殊な歌』。
「氷よ舞い降りろ。 姿は氷柱。 数は七十四。 目標を消し去れ」
「大地よ目覚めろ。 形は半円。 我に襲い掛かる難から守れ」
誰かがこれを聞けば、それは合唱のようにも聞こえたかもしれない。 その誰かというのも、魔術を知らない一般人を指すのだが。
突如、空から凄まじい速度で氷が降ってきた。 それは、雹、霰、霙、そんなものではない。 比喩でもなんでもなく、言葉のまま、氷柱の雨がふってきた。 同時に、コンクリートは不自然に盛り上がりドーム状に葉月を守るように覆う。
(くそっ、いきなりなんなんだ……っ!)
いきなりの強襲のせいで、あまり強くは魔力を練られず、半径2メートルのコンクリートのドームに守られながら、葉月は氷が何時ここを貫かんかと不安になっていた。
ドドドドドッ!!! と、まるで雪崩が押し寄せているような音がドーム内に響く。 今のところ貫かれてはいないが、ヒビが生えてきた。 貫く以前に質量と重量の問題があったのだ。 氷柱はまだ振っている。 その度にひびが範囲を広くしてきた。
(マズい! 崩れる!)
そう葉月が確信するのと、ドームが崩れるのは間違いなく同時だった。 葉月はとにかくこの場から離れようと駆け出す。 同時に当たりそうだった氷柱を何とか紙一重で避ける。 そして、地面に手をつく。
「大地よ怒れ。 姿は矢。 数は四十一。 一帯を消し飛ばせ」
葉月の歌に地面が反応する。 コンクリートが再び不自然に盛り上がると、直後、無数のコンクリで出来た矢が降り続く氷柱と応酬した。 ガキン! という凄まじい音を連続で立てながらコンクリの矢と氷柱の雨が相殺し合う。
数秒後、氷柱の雨はおさまり、葉月の視界に移るのは氷やコンクリの破片だらけの道。 そしてその中で憮然と立っていたのは、見たことある人物だった。
その人物は、あたりの光景を見回すと、無表情のまま何度か頷く。
「なるほど。 この俺の奇襲攻撃に多少うろたえはしたものの、無傷……。 これがLEVEL4の一年、篠原葉月の実力か…………」
そう呟きながら純白の美しい長髪を邪魔そうに払うのは、その髪を持つにふさわしい容姿を持つやはり美しい少年。
戸塚雪奈。
高等部一年生にして生徒委員会の副会長の座に居座り、また、この如月学園の中で3人しかいないと言う、LEVEL7の化け物。
「初めましてではないが、一応、自己紹介といこう。 俺は戸塚雪奈。 生徒委員会の副会長だ」
表情を変えないでそう自己紹介する。 葉月は思わず警戒心を通り越して敵意を持ってしまう。
「いきなり攻撃してくるって、生徒委員会の人間がやることですか?」
「その事に関しては謝罪しよう。 しかし、今ので解った。 お前は一年生ながらも使える人間だと確信した」
「?」
首を傾げる葉月に、戸塚は冷静な口調で切り出してきた。
「篠原葉月、生徒委員会に来い。 これは命令だ」
「っ!?」
一瞬、何を言われてかが解らなかった。 そして、理解する前に第三の声が掛けられる。
「おい、待てよ」
後ろからだった。 振り向くと、そこに立っていたのは、茶色い髪をボブカットにした、濃い緑色の瞳を持つ少年だった。
吉良黄泉乃。
高等部一年生にして風紀委員会の副会長の地位を持ち、三日前、自分の風紀委員会に葉月を誘った少年。
「なぁに、一年坊に魔術使ってんだよ…………戸塚ぁ?」
しかし、目の前にいる少年は、その時の面影をまったく残していなかった。 葉月を風紀委員会に誘った時、彼はこんなではなかった。 圧倒的な存在感を、今の吉良は放っている。 その原因は魔力だ。
とてつもない魔力だった。 それは、篠原葉月と言う人間に動くと言う最低限の動作すら忘れさせてしまうほどに。
(まさか、吉良先輩は…………)
可能性はある。 これほどの魔力、前に雪奈の魔力のを感じた時と似ていた。
吉良は笑っている。 しかし、何かが笑っていない。 それは目じゃない。 眉じゃない。 口じゃない。 それは、心だ。 空気だ。 存在だ。
戸塚は眉根を寄せながら吉良を見る。
「吉良…………」
「おめぇの勧誘ってのは、下級生をイジメることなのかおい? 知っていると思うが、俺は意外と仕事熱心な人間だ。 だから、こういうところ見たらなぁ……黙っているわけにはいかねぇんだよ」
そこまで言うと、吉良はパン! と両手を合わせた。 すると、葉月がその動作の意味を考えるよりも前に、突如、轟!! と、凄まじい風が、三人の服と髪を揺らした。 しかし、これはただの風ではない。 魔力が込められている。 魔術によるものだ。
おそらく、吉良が放ったものだと思う。 しかし、彼が詠唱を唱えるところなど、まったく見えなかった。
まさかと思い、葉月は思わず両腕で顔を庇いながら、一つの可能性を考える。
(まさか、『詠唱破棄』か?)
『詠唱破棄』。 それは、魔力の消費を増加させる代わりに、いちいち詠唱行わないで魔術を発動させる技術の事だ。
しかし、それは単純なものではない。 何故なら『詠唱破棄』は、魔力だけでなく、魔術の構成を脳でキチンと組み立て、なおかつ、発動のタイミングも正確に図らなければ、発動どころか魔力の誤作動による体の悪影響まで起こりかねない危険なものなのだ。
それを意図も簡単にやったのけた吉良の実力は、葉月には底を見ることが出来ない程のものだった。
するとそんな中、どこからか、タタタタタッ!! っと速く、なおかつ軽やかな足音が聞こえてきた。
「こぉ〜ら、黄泉乃ーーーーーーーーー!!!」
突如、いきなり響く甲高い声と共に、スパーン!! という実に爽快な音が響いた。 同時に、暴風もそれが電源であったかのようにピタリと止む。
(…………?)
ゆっくりと腕を顔からどけてその光景を見てみる。 そこには、吉良の頭を思いっきり叩いたのは私ですハイ! と言わんばかりに右腕を振り抜いた状態でいる長身の少女と、その少女に叩かれたのが一目瞭然のようにうつぶせに倒れている吉良というなんともシュールな光景が映っていた。
毎度一話一話を書くたびに読者の皆様とはお久しぶりになってしまうことを、心からお詫び申します。
さて、新キャラではありませんが、珍しいキャラの登場です! 戸塚雪奈くん!(御分かりのとおり、読みは『ゆきな』ではなく『せつな』です)
コイツもお気に入りですね。 結構前に書いたとおり、コイツは俺が書く、もう一つの作品の主人公です。(性格全然違うけど)
それと、実は吉良って前に名前だけ出ているんですよね。(性格には苗字だけ)。忘れてました(えぇ!?)
ちなみに、今回の最後の部分には触れません。ネタバレになる可能性があるので。
さて、今回はこの辺で。
皆様の、感想、評価、アドバイスなどをお待ちしております。
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