第三:我は弱なり。 我は強なり part8
葉月は妙な疲労感と共に重いまぶたを開けると、葉月は今まで自分が寝ていたのだということに気付いた。
背中が触れている病院とかに支給される硬いベッド。 辺りに充満している自分の嫌いな薬のにおい。
(ここは…………)
葉月は自分を包む純白のシーツをどけ、妙に熱く感じる体を起こして薄暗いこの空間を見回す。
いや、見回すほどこの場は広くなかった。 この空間の広さは今葉月を乗せているベッドをもう一つ入れてしまえば、満杯になってしまいそうなほど狭い。 突如、この空間の扉がスライドして開かれた。
「やぁ、起きたんだね」
扉を開けた張本人は黒いシックなスーツで身に包んだ、黄色い短髪の青年だった。
どこかで見たことがある。 その青年には見えないほど無邪気そうで子供のような顔と全体的に似合っていない格好。 う〜ん、誰だっけ?
「その顔、僕が誰なんだって言いたそうな顔だね」
童顔の青年が苦笑しながら言う。 なんと、バレたか。 どうやら自分は自分が思っている以上に表情に出やすい性質らしい。 青年は続ける。
「君とは二度目なんだけどね、始業式のとき、覚えてないかな? 僕だよ、平野療太」
「…………あ」
微妙にだが、思い出した。 たしか始業式の事件のとき、保健室で少しだけ話をした教師だ。
しかし、正直に言うと始業式の日のことはあまり覚えていない。 愛海は自分が合成獣を倒したんだとか言っていたが、それすらも覚えていない。
それと、
(僕……何時から寝てたんだっけ……?)
そういえば、あの斐川と勝負した途中からの記憶が無い。 そこだけすっぽりと抜けている。 上手く思い出せないなんてものじゃない。 そこだけ本当に空洞になって自分の記憶は消えている。
「あの、僕どうしたんですか?」
思い出せないものを何時まで考えていたって仕方がない。 葉月は目の前に青年に聞いてみた。 すると平野は葉月を驚いたように目を丸くして息を呑むが、それはほぼ一瞬で終わり、すぐに表情を戻すとこの空間の外側を向く。
「それは……本人に聞いてみたらどうかな……?」
平野がそこまで言うと、彼の後ろから眉を吊り上げて不機嫌な表情をした緑色髪の少年が現れた。 斐川だ。
「よぉ……」
「お前……」
何だか気まずそうな顔をしている。 「どうしたんだ?」と葉月は思ったが、直後、彼は驚くべきことを言ってきた。
「勝ったやつに言うのは微妙だけど………大丈夫か?」
「は?」
普通なら、彼が自分のことを心配してくれている部分にも驚くべきなのだろうが、もっと驚くべき点が今はある。
自分が勝った? 負けたのではなくて? さっきまで自分はここで寝ていたのだ。 それは、負けて気絶したからじゃなかったのか?
「な、なんだよ。 僕が心配するのはそんなに嫌な物なのか?」
斐川が顔を赤らめながらそっぽを向いてぼそぼそと言う。
「いや、僕が勝ったのか……って思っただけなんだが……」
「覚えてないのか!?」
斐川が葉月の乗るベットに飛び掛らんと言わんばかりの勢いで押しかけて、身を乗り出してくる。 よほど信じられないのか、葉月の胸倉まで掴んで。
「うん。 全く覚えていないってわけじゃないんだけど………何時からかな……記憶がぽっかり開いている部分があるんだ」
「なんだよそれ………記憶喪失の類なのか?」
「知らない………で、お前はどうなったんだ」
「そこも覚えてないのか………。 結果だけ言うと、負けたよ。 君の電撃を浴びてね」
「は?」
電撃? はて、電気系統の術など思えただろうか? やったことはないし、見たことがあるとしても今の自分のLEVELでは扱えないような物をチラッと見たことがある程度しかないはずだが。
使った覚えも、習得した覚えも葉月にはない。 葉月はこんな調子でいるが、斐川のほうはあまり納得したような顔はしていない。
「……まぁ、いい。 とりあえずお前の勝ちだ。 僕はもう行くよ……」
彼は最後に諦めたような表情をしてため息をつくと、この部屋から出て行こうと踵を返す。 しかし、スライド式の扉を開けようとしたところで立ち止まって振り向き、葉月をじっと見据えた。
葉月は疑問を抱いて、眉をひそめる。 少し間が空くと、おそらく今は重かろうその口を、斐川は開いた
「おまえ、言ったよな。 僕のやっていることは意味がないと」
「あぁ………言った」
それは覚えている。 才能ある奴を潰していこうとしている斐川を正そうと思ったのだ。 斐川は目を瞑って続ける。
「正直に言うと、君の言うとおりだと思う。 僕は間違っていた。 それを気付かせてくれたことにはここで礼をする……ありがとう……」
斐川が頭を下げてそういった。 葉月は正直驚いた。 まさかこいつが自分にお礼を言うとは思わなから。 それにしても、なんだか笑ってしまう。 お礼の口調もそうだが、全体的に姿勢など何だかぎこちない。 相当慣れていないみたいだ。
「何笑ってんだ………そんなに可笑しいのかよ……」
顔を上げた斐川がこちらをジト目で睨んでいる。
「え? 笑ってたか? ゴメン」
笑ってたつもりはないのにな、と思ったが確かに面白いとは思っていたのだ。 やはり自分は、自分が思っているよりも顔に出やすい達みたいだ。 なんかちょっと残念な気もするが、なんとなく、すこしだけ嬉しかった。
「………まぁいいさ。 慣れていないからな、謝るのとか」
「やっぱりか」
「あぁ。 変だろ、謝るのが慣れていないなんて」
葉月が納得すると、驚くことに斐川が少しだけだが笑いながら返答したのだ。 苦笑いだが、それも笑っているうちに入る。 そうなると、葉月は当たり前のことを考えた。 コイツはただの少年なのだと。 ただ、彼にとって辛い過去があり、それが彼の精神を蝕んでいた。
本質的な部分から離れてしまったのはそのせいなのだ。 本当はただの少年。 嫉妬と屈辱と絶望に負けてしまった、本当は悲しくて寂しい少年。
だけど、今はそれらがない。 斐川は今ではもう本格的に普通の少年に戻ってこれた。 そうすることが自分に出来た。 うん、よかった。
「変じゃないだろ。 そんな奴たくさんいる」
「そうか?」
「多分だ」
「そうかよ」
半ば呆れているような口調だったが、彼の口元は笑っていた。 それは笑っている様にも、諦めている様にも、色々な受け取り方が出来る笑みだった。
その後、数分雑談し、斐川は「それじゃ」と言って去っていった。 それと入れ替わるように、平野が入ってきた。
「どうかしました?」
「風邪薬だよ。 あとお知らせもあるんだ」
「お知らせ?」と、葉月はオウム返しに言って風邪薬を受け取り、水の入ったグラスを受け取った。 平野は、「そう」とだけ言って、斐川が何故か使わなかったベッドの脇にある小さなイスに座る。
とりあえず、葉月はさほど気にしないで薬を口へ運んだ。 そして、胃に流そうと水を含んだ瞬間―
「来月辺りに君の幼馴染の……相馬美久ちゃんって子がこの学校に来るらしいよ」
含んだ水を、鯨の噴気よろしく盛大に強く吹いた。 おそらく一緒にもらった薬ごと。
そんな葉月を気にもかけないで、平野ははしゃぎながら続ける。
「この学校って、受験で入学するのが普通だけど、その子は親のコネで入ったらしいね。 あれだよね、相馬美久って子、評議員の相馬帝太郎の娘さんらしいね。 でさ、篠原君ってその子となんか関係あるの? あれ? 篠原君? どうしたの、生気が抜けてるよ?」
確かに、そうだろう。 葉月のお口からはボトボトと流れる水(何故か出ている微妙な血を含む)と、なんかタバコの煙よりも細い一筋のもやのような物が出ている。
しかし、そんな状態の中でも葉月の思考はしっかりと生きていた。
(美久が……美久が来る……? ハハハ…………嘘だっ!!)
篠原葉月現在12歳。 もはやその年齢が享年となってしまうのではないかと葉月は思った。
お久しぶりです! 2週間ぶりの投稿となりました(現在高校一年なので、受験だったわけじゃないです)
今気付いたけど、ギャグも難しい! なかなか進みません。 「面白く」って意識すると全然話がわからなくなるし、難敵ですね………。
さて、今回はこの辺で。 評価、感想、アドバイス、などを心からお待ちしております。
現在、ボイスブログをやっております。
URLは貼っておきますので、お暇があれば、遊びに来てください→http://www.voiceblog.jp/night-lock/