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第一:幕開けにケルベロス!!?


 『魔法』と言う物は、この世の誰かが思っているよりも難しく、この世の誰かが思っているよりも簡単な物だ。 そんな複雑な物を扱うのが『魔法使い』。 その魔法使いを育てる機関を『魔法学園』と言う。

 そんな魔法学園、『魔立如月学園(まりつきさらぎがくえん)』の中でも、最年少の生徒達が学ぶ、中等部一年校舎の一室、1年C組の教室の自席で、古びた書物を読みふける一人の少年がいた。

 見たところ、かなり古い本だ。 RPGとかに出てくる古代の魔導書みたいなものを思い出させる。

 そんな本を読んでいる少年の名前は篠原葉月(しのはらはづき。 まるで少女のような顔立ちをしていて、青紫色の髪は、ルビーのように輝き、血のように深い赤色の目を隠すかのように長い。

 学校が私服制なためか、彼の服装は、膝元まである黒いロングコートを赤いシャツの上にチャック全開にして着ていて、スボンはコートと同じ、黒い色のビニール製の物を履いていた。

 一見、奇妙な服装だが、本人はそんなもの気にしていない。 着れれば何でもいいのだ。 ロングコートの理由は寒いから。 決して夜道に裸体で出てくる「私を見て!!」的な変態どもとは全く違う。

 彼は単にボーっとしているだけで、何も見ていない様な表情でその本のページをめくる。


「葉月〜!!」


 葉月は自分の名前を誰かに呼ばれる同時に、パタンと本を閉じ、声のした後ろを振り向いた。 否、振り向こうとした瞬間にもう既に横にいた。 そこにいたのは、こちらとしては残念なことに、我が双子の姉の篠原愛海(しのはらあいみ)だった。

 似ているを通り越して、まるで鏡で写したかのように葉月と瓜二つな彼女の顔は、常時ムスッとして、落ち着いた葉月とは反対に、彼女は明るく無邪気で、おてんばさを感じさせると同時に、愛らしい何かを感じさせていた。

 髪は肩口まで伸ばし、それにカチューシャをつけていて、瞳の色も髪と同じで茶色い。 互いの髪の色が違うのは、どちらかが染めたとかではなく、原因は、『魔力式色素異常症候群(Change Of Color Syndrome)』という、まぁなんとも長ったらしいものの症状にあるわけなのだが。

 この『魔力式色素異常症候群』、通称『COCS(頭文字とっただけ!)』。 別に人間の体に害があるわけではない。 ただ、魔力というのは、人間の色素に異常をもたらす効力があったらしく、当時、魔法が発明されて間もないうちに、世界中の人間の髪や目の色に異常が出たときは、すごい騒動になったらしい。 それは今からおよそ50年も前のこと。

 そう。 そもそも魔法が一般的になったのは、そんな昔じゃない。 それどころか凄く最近だ。 正確に言えば、2015年8月〜10月にかけて、正式にそういうものがあることを学界から発表されたのだ。

 それはさておき、この目の前の少女なのだが……。


「あ…………」


 あまり会いたくない相手を視界に入れてしまった事を後悔して、小さく、だけど深くため息をつく。


「ま〜た、それ読んでる〜! しかも私を置いてけぼりにして〜!」


 明らかに怒っている感じに葉月を見下ろしているそいつの服装は、何かちょっとおかしかった。 なぜなら、セーラー服を意識した彼女の服装は、私服製のこの学校には明らかに不釣合いだったからだ。 さらに、短くしたスカートのしたには黒いスパッツを履いている。 おそらくスカートは短くしたいけど、中は見せたくないという気持ちを表したものだろう。

 こういう何かが矛盾しているところが、葉月には理解できない。 無論、したくもない。 再度ため息をついて口を開く。


「あのさ、僕は愛海がトイレに行って来るって言ったから先に教室に行ったんだ。 僕は悪くない」


 愛海は無愛想な返事をする葉月に対して口を尖らせる。 そんな表情も愛らしいと、周りの人間なら思うのだろうが、葉月には鬱陶しい以外の言葉は浮かばない。 むしろ腹立たしい。 もちろん自分に降りかかる被害を考慮して、本人に言ったことは一度もないが。


「普通女の子を待ってあげるのが、男の子なんじゃないの?」


 一瞬葉月は眉間にしわを寄せる。 何が女の子だよと、心底思ったからだ。 しかし、すぐにいつもの平然とした顔に戻る。 何時までも怒っている表情をしていたら愛海がうるさいから。


「姉に隅々まで気を使う弟が何所に居る? 姉弟愛が特別に芽生えているわけもないんだから」


 溜め息交じりの葉月の言葉に「私はあるもん……!」と呟きながら頬を膨らませてる。 結構な爆弾発言をした愛海を無視して、葉月は右手首に付けてある腕時計を睨み付けた。


「そろそろか…………」

「……そだね」


 その葉月の言葉がスイッチだったかのように、愛海の顔が真剣になった。


「魔法名か……」


 魔法名と言うのはこの学校で入学同時に貰う、学園内での仮名だと思えばいい。 この魔法名を貰うことによって始めて『魔法』という物を使えるようになる。

 そう、つまり魔法の原理は、魔力という精神力エネルギーの一種で大気中の元素を操り、形を作るというだけ。 ただそれはあくまで、原理と理論を並べるのが簡単なだけであって、通常の人間では出来ない。

 だからそこで、魔法名を用いる。 魔法名という一種の暗示を掛け、人間の脳の使用率を極限まで上げ、人間の体に眠る『超能力』を引き摺り出す。 そして、その超能力で、自分の体内の精神エネルギーを使い、元素を操り、形を作る。 こうして聞くと、魔法という物が、凄く科学的なものに聞える。

 実際そうなのだ。 人類が数年前まで聞いていたオカルト的な魔法とはまったく違い、この世にある魔法とは、とても理に適った科学的なもの。

 しかし、良い事ばかりと言う訳では無い。 この魔法名を与えられた瞬間、中学、高校での6年間はこの学校の外へ出れなくなる。 これが原因で『呪名』と呼ぶ人間も居るらしい。

 だが、夏休みとかになればそのときだけ解放されて、家に帰ることができるようになる。 さらに、この学園は全域合わせてバチカン市国の4倍近い面積を持っているという位無駄に広い。

 その領域内に、コンビ二的な店や、レストラン。 ゲームセンター。 お金を引き降ろす為の銀行。 私服を買うためのブティックの様なところもあるため、不便と言う点があまり無い。

 だから、魔法名を貰うことに何も異論は無いはずだが、葉月は少し気に入らなかった。 気に入らないと言うよりも、何かが引っかかっていた。

 そう考えていると、いきなり教室のスライド式ドアが開き、分厚い眼鏡をかけた女教師が慌てた様に顔を出した。


「時間です! 皆さん、中学用ホールへ移動してください! 席は自由に座って構いません」

「さ、行くかな………」


 葉月は嫌々と立って、愛海と共に教室を出た。 ちなみに立った時の葉月の身長は、女の子の愛海よりも低かった。




 葉月たちの教室がある校舎の向こう側にある、低縦横長方形の一階建の建物。

 校舎とその建物の間には、生徒用の一般寮、または『生徒委員会(フォースエンジェルス)』や、『風紀委員会(ジャッジメンターズ)』の為に作られた、一際豪華な寮などが並んでいる住宅地みたいなところへと続いている道がある。

 葉月と愛海はたくさんの生徒と共にそこを横切って、建物の中へ入り、地下へと続く広い螺旋階段を下る。 そして、長い螺旋階段を下りきって見えたのは、城門の様な二枚扉と、その向こうに見える、あまりにも広大なホールだった。

 天井はプラネタリウムのように丸く、幾つもの証明が照らしているが、このホールはやや薄暗さが残っている。 無数の座席は映画館の座席と同じ様に平行で、下る感じに奥にある大きなステージへと伸びている。


「広っ、なにここ? コンサート会場?」

「……とりあえず、適当に座ろうか……」


 まだ少し人混む中、少し探しただけで見つけた、ちょっと下った所の空いていた座席に二人は向かい、隣同士に座った。 葉月はいつもの、周りから見たら内容がまったくわからない書物を読み、愛海は身の回りの女子達と喋り続けていた。

 しばらくして、葉月がその書物を閉じるのとほぼ同時に女性の声が葉月や愛海の鼓膜に直接響いた。


『皆さん。 これより第17回、魔立如月学園の、入学式を始めたいと思います』


 『魔術的通信法(マギカテル)』だ。 放送とかでは聞き逃してしまう可能性があるから、空気中の音波の流れに伴って、対象の鼓膜を直接叩く方法だ。 これを発動させた女性はかなりの実力の持ち主なのだろう。 その証拠に、今の女性の声を聞いたであろう辺りの生徒達の話し声が止み、辺りの空気が緊張の一色に染まった。

 そもそも、『魔術的通信法(マギカテル)』自体も高等術なのに、ホール内に居る生徒全員を対象に発動できるのは、相当な努力、または天才的な才能が無い限り無理だ。 この学校の教師がどの位の実力があるかを、一瞬で証明した。

 それでもボーっと本を読み続ける葉月だが、今の報せで明かりが消えた訳でもないのでゆっくりと読める。 さらに教師達に見つかり辛い席を選んだおかげで、注意はされない。 我ながら実にいい場所を取ったものだ。

 しかし何かが気になり、チラリとステージを見てみる。 ステージに居る教師陣の中に何故か幼い子供がいたが、誰かの子供が迷子になったのだろうと、葉月はいちいち気にしたりもせず、視線を本へと戻した。 しかし、


(ん? なんだ………?)


 本を静かに閉じ、右方向、やや遠めの座席に座る少年を見た。 このホールに生徒は中学一年生しかいないから、同い年なのだろうが、それにしては背が高い。 おそらく160台前半だと思う。 瞳は氷のような水色をしていて、右側は自分の黄色の髪で隠し、もみ上げ部分は肩まで伸びている。

 葉月が言えることではないが、服装もやや変わっていて、革で出来た黒のジャケットと、同じ色のサイズがピッタシな黒のズボンを履いていた。 ズボンを締めているベルトはかなり太い。

 これからバイクにでも乗るような格好だ。 その少年と完全に目が合い、沈黙が生まれた。 体が潰されそうな重い空気が葉月を包む。


(っ!? ……何だ……アイツ?)


 あの少年を見ているだけだ。 それだけなのに、空気が重い。 氷のような少年の目が葉月の体を凍らせる。 目を逸らそうとするが、あの少年の氷の目はそれすら許さない。

 無論、他の生徒にそんなプレッシャーは与えられていない。 葉月があの少年を見て勝手にそう感じているだけだ。 アイツはマズイ、と。 何がマズイのか説明は出来ないが、少なくとも、表情には出さなかったが、葉月は恐れていた。 あの少年を。


「では、これより、魔法名授与を開始します!」


 魔術的通信法での教師の声が葉月の鼓膜を叩き、同時に嫌に重い緊張を途切らせた。 正直、心底感謝した。 やっと解放された気分になった。

 精神を見えない鎖で縛られていたかのように固まっていた体の力が一気に抜ける。 それと同時に、葉月はあの少年を視界から省き、ステージのほうを見た。


(それにしても、アイツ………なんなんだ?)


 葉月は俯いて悩んだ。 心底訳の解らないあの少年は一体………。 すると、愛海が心配そうに俯いた葉月の顔を覗き込んだ。


「どうしたの、葉月? 具合悪いの?」 

「アイツ………」


 葉月はさっき少年の事を言おうと思ったが、止める事にした。

 言いたくない。 言ったら愛海は葉月をどこまでも心配する。 本人には言えないが、葉月は愛海にあまり心配かけたくないのだ。 そもそも、葉月は悩み事などを相手に直接言う人間ではないし、言ったことも無い。 だからやめた。


「いや、なんでもない……」


 頭の上に疑問符を浮かせながら「そう? なら良いけど……」と言って首を傾げるが、すぐに明るい表情へと戻る。

 誤魔化せ切れただろうかと不安になるが、鈍感な愛海のことだ、誤魔化せたに決まっている。 それにしても表情と気持ちの切り替えの速いやつだ。 この切り替えの早さは、葉月も姉の数少ない長所として認めていた。


「いよいよ魔法名もらえるね!」


 その言葉に反応してやっと葉月が顔を上げた。 あの沈黙の中、そんなに時間が経っていたとは思わなかった。


「それでは校長先生……」


 校長先生と言われ、ステージの前へと出た人物は驚いたことに、先程まで、迷子のように教師陣に紛れ込んでいた、葉月よりも幼い子供だった。

 黒い髪は爆発したようにぼさぼさで、その可愛らしい顔も寝ぼけていた。 服装もパジャマのみで、どう見てもただの寝起きの子供(自分も十分すぎるほど子供だが)としか言えなかった。


「え〜……ども。 この魔法学園の現校長、白木葉(しらきよう)です。 え〜、では早速……」


 刹那。 校長の言葉が終わった瞬間に葉月の視界が闇一色に染まった。


(なんだ……? 景色が変わった?)


 急な異常事態に、周りに誰かいないかと、辺りを見回しながら愛海の名前を呼んでみるが、返事は無い。 この闇の世界には、自分以外誰もいないのだろうか。 葉月は辺りを見回すが、やはり誰もいない。 さらに言えば、何も無い。 ただただ永遠と続いている暗闇の世界。 そして、たった今気付いた。 体が浮いている。 いや、浮いているというよりも、感覚としては水の中にいる感じに近い。


(あの子供……。 ほんとに何者なんだ?)


 そう考えるとのとほぼ同時に、葉月の目の前に光が出現し、その中からさっきのパジャマ姿の子供。 もとい、校長『白木葉』が、少し不機嫌そうに頬を膨らませたまま現れた。


「子供とは失礼なんじゃない? 僕はこう見えても56歳だよ!」

(!?)


 ありえない返答が帰ってきて葉月は驚愕した。 この校長の歳のことでじゃない。 『何も言っていないはずなのに返答された』事について驚いたのだ。


「あんた……何をした……? ここは何処だ?」


 葉は葉月なりの心からの訴えを聞くと、心底満足した様ないやらしい笑みを浮かべる。 それすらも愛らしく感じ、妙にむしゃくしゃした。


「知りたい? はは♪ いいよ、教えてあげる。 君は……1-C、出席番号14番、篠原葉月君だよね?」


 葉月は言葉にして返す必要は無いと思ったので、軽く首を縦に振った。 その様子を見て校長は満足そうにさらに笑む。


「この闇の中は僕が生徒一人一人と話すために作った『心理鏡』という『思想空間』だよ。 つまり僕の思ったとおりになる世界だね。 ちなみに、『生徒は皆ここに居るよ』」


 そんな馬鹿な、と思い、葉月は周りを見回してみる。 しかし先ほどと結果は同じ。 誰も居ない。 やはりこの二人以外には、誰もいない。


「下手な嘘付くな……。 他の生徒をどこにやったんだ! まさか、逆に僕だけを連れて来たのか?」 

「あっはは♪ そんな怖い顔しないでよ〜♪ そうだな〜、説明するなら、大きなホテルの中に一人一人が別々の部屋に僕と一緒に泊まっていると考えればいい。 同じところでも『部屋』は存在するからね」


 葉が楽しそうな、明るい口調でそう説明する。 そこで葉月はすぐに気付いた。


「……てことは……アンタまさか、聖徳太子よろしく、『300人近くいる生徒と同時に話しているのか』?」

「おや? よく解ったね。 察しが良い……。その通り、僕はきみ以外の286人と話している。 …………ふむ、ほぼ同じ時にそれに気付いた生徒がいるね。 良いことだ良いことだ♪」


 校長がまた随分と楽しそうな顔をする。 葉月はそろそろ一発殴っても良い頃だろうかと心の中で確認した。


「さて、そろそろ……君の魔法名だけど……」


 そう言いかけて、葉月の額にいきなり、だけど優しく自分の額を付けた。 彼の額の熱が葉月の額に伝わる。 まるで親が子供の熱を測るみたいだ。


「君の魔法名は…………うん、これがいい」


 その瞬間、何かが葉月の頭の中を刺激した。 何かが流れ込んでくる。 それは名前。 魔法名だ。

 最初に、『T』。 その次に『E』。 『M』、『P』、『E』、『S』、『T』、『E』、『R』。 その一文字一文字を頭の中でくっつけてみる。


(『TEMPESTER』…………騒がせる者………?)

「そう、君の魔法名、『TEMPESTER』。 君はきっと何かを起す。 だから、この名前を送るん……―――っ!!?」


 いきなり、葉が笑顔から驚きの表情を浮かべたと思ったら、彼の体が消え失せ、同時に視界の闇も消え、目の前が大きなホールの中に戻った。 そして、そこは異常な光景だった。

 辺りを見ていると、生徒達が悲鳴を上げて、席から立って逃げたり、その場にうずくまって怯えている姿が見える。 葉月はそんな彼らの視線の先を見る。



 そこに居るのは『ありえないが、ありえる生物』。



 犬の様に見えるが、絶対にそれは無い。 頭は三つあり、体は立たなくても大人以上の大きさはある。 犬ではないとしたら、もう答えは一つしかない。 合成獣(キメラ

 複数の生物を一つに纏めた結果、絶大的な力を持つようになったという、正式名称、『魔力構成式新型人工生物』。 しかも、必要以上に魔力を練りこんで構成されたらしく、通常(おてほん)の物と比べ、凄まじい身体能力を持っているようだ。

 今の葉月にはそれが解る。 何故そんなことが解るのかというと、魔法名は個人個人の魔力を察知するためのレーダーにもなるからだ。 目には見えないが、肌で感じられる魔力が、魔力で構成された合成獣の強さを表している。

 教師達があの合成獣を捕獲、しかし、生徒には当たらないようにと出来るだけ威力の低い魔法を放っているが、うろたえている生徒達のせいで上手く放てず、放てたとしても、合成獣には当たらず、まったく役に立たない。 それは校長の葉ですら同じだった。 この状況下では、誰であろうがこうなってしまうのは当然だ。

 だったら誰があの合成獣(キメラ)を止める? 魔力は当然、力も人間より遥かに強い。 そんな相手に、勝てる確率はあるか? この場の全員を守る手段はあるか? 答えは、


(あるね)


 こんなにも騒々しい中、そういう答えが出せるほど葉月は冷静でいられた。 自身の中で何かが弾け、身体の熱が一瞬にして失せ、すべての感情が無と化した。

 怖いとか、恐ろしいとか、反対に楽しいとか、面白いなんて今の葉月の心には無い。 微塵もだ。 ただ、ただ近づくだけ。 時計の長針が短針を追う様に、無心のまま一定のリズムで目標へ向かって歩く。 

 そんな葉月を誰も止めない。 止めようともしない。 止められない。 止めたくない。 止めてはならない。

 生徒達も教師達も葉も気づいている。 葉月の力に。 葉月の魔力に。 葉月が両掌を合成獣に向ける。 その行動だけでホール全体の空気が凍った。

 そんな絶対零度の空気を断ち切るように合成獣が人間ではメガホンを使っても出せないほど大きく吼えた。 三つの口から出る咆哮が葉月の髪を揺らす。 しかし、その程度でこの寒冷された空気が元に戻ることは無い。

 揺らされる髪下から覗く赤い目(ブラッドアイ)が合成獣の姿を写した。 両手に魔力を集中させ、小さく口を動かす。 


「大地よ動け。 姿は龍頭。 数は一。 対象を食らえ……」


 それはまるで、眠れない子を寝付かせる優しくて静かな子守唄の様だった。 しかしその『唄』が終わる瞬間。 葉月に襲い掛かろうとしていた合成獣が地面から出現した何かに捕まった。 というよりも、『噛まれた』と表現したほうが正しい。

 合成獣を噛んだそれは、まるで龍の頭だった。 恐らくコンクリで出来ているそれが、天井を向きながら合成獣の体を咥えている。 その光景は一つの絵のようにも見えた。 噛まれた合成獣の鮮血が飛び散り、絨毯や近くにいる生徒達の服や肌を汚す。

 ホール内の全員が皆、驚きを隠せずにいる。 生徒全員が、教師全員が、姉である愛海が、校長である葉が、全員唖然としていた。

 その原因は簡単。 今葉月が発動させた魔術に対してだ。 さらに言えば、今日、ついさっき魔法名を貰ったばかりである葉月が今の魔術を使えたという矛盾に対してだ。

 簡単な魔術だったら、さっき本を見たから、ぶっつけ本番でやってみたといえば、一応の説明はつく。 しかし、上級魔法は別だ。 中等部では中級魔法が最後。 高等部の半ばでやっと教わるものだ。 しかも、習得もかなり難しいのだ。 それに今のは、


(……最上級の『遠隔型魔術』…………? うそ……そんなの、LEVEL7やLEVEL8の術式なのに…………)


 基本的に魔法使いにはレベルという物がある。 しかし、レベルとはあくまで良い言い方。 嫌な言い方をすれば地位だ。 最大LEVEL10まであり、数が多ければ多いほど、『地位』が高い。

 LEVEL1(ハンブル)LEVEL2(スライト)LEVEL3(コモン)LEVEL4(ゴースト)LEVEL5(スピリット)LEVEL6(エリート)、ここまでが生徒レベルだ。 実際、LEVEL6(エリート)に到達する生徒は稀で、基本的にはLEVEL4(ゴースト)止まりが多い。 逆にLEVEL1(ハンブル)止まりという生徒も珍しくはない。 

 そのまた逆に、LEVEL6を限界とせず、そのまま突き進んで成長したのが教師レベルだ。 LEVEL7(ドラグーン)LEVEL8(エンゼル)。 これは本当に稀で、天才の中でも一部としか言えないほどのレべルであり、人間の限界点と言われている。

 では、残りの二つは何だと言われたら簡単だ。 『人間ではありえないレベル』と考えれば、9割強正解だ。 LEVEL9(レジェンド)LEVEL10(ゼウス)

 葉月はこの二つにもっとも近いLEVEL7やLEVEL8並の力を発揮した。 入学したての生徒どころか、生徒である時点で、今の魔術を発動するのは非常に難しい。

 だからこそ葉は気付いた。 『力を使いすぎた今の葉月に意識が無い』のだと。 それがわかったと同時に、葉月がぐらりと横に倒れた。

 慌てて一人の少女が葉月のそばに駆け寄る。 名前は確か『篠原愛海(しのはらあいみ)』とか言う名前だった。 先程『|FINDER(気付く者)』という魔法名を与えたのを覚えている。 ふと思い出してみれば、苗字が同じだということに気が付いた。 顔も似ているし、双子なのだろう。


「葉月? 葉月!? どうしたの? ねぇ! 起きて!」


 愛海の方は自分の弟の体を揺さぶりながら叫んでいる。 弟の方は顔を青ざめながら瞼を閉じて、ピクリとも動かない。

 そういう状態のまま揺らされている姿を見ると、余計状態を悪くしそうな気がするが、あんなにも必死な彼の姉の姿を見ると、そう言うのも少し気が引けた。

 そんな二人に、葉は音も無く二人の傍にやってくる。 一瞬でだった。 恐らく、魔術の一つだろう。 葉はそのまま、気絶している葉月の腹部に手をやった。


(……一応無事だね……。 体内の魔力が空っぽになっただけか…………)


 一瞬だけホッとして、自分の弟を心配そうに抱える愛海を見た。


「大丈夫だよ。 命に別状はないし、呼吸も安定している。 でも心配だから、保健室に送ってあげるね」


 弟の安心を聞けて嬉しいのだろう。 一瞬だけ安堵の溜め息を吐いてから、腕の中の弟をギュッと抱きしめる。 その後、二人の姿が一瞬にして消え失せた。 『転送魔術(てんそうまじゅつ)』の一種だ。


(体内、及び体外に以上は無かった……彼の魔力も、普通の生徒よりは強いけど、それでもLEVEL3(コモン)ギリギリ。 ……だとしたら、『覚醒種(かくせいしゅ)』かな……? だけど今のは少し違うような……)


 さっきまでの事態をそう推理してみる。 顔の筋肉が緩み、口の両端が吊り上る。


(ふふ……さっそく、騒がせてくれたね『TEMPESTER』…………。 今までにないくらい。 それにしても…………)


 葉は横たわっている合成獣を見据える。 既に死んでいる。 当然といえば当然だが、事態が事態だ。 どう考えたって目の前の光景の矛盾は取り消せない。


(それに、あの合成獣……論文を作るためとかの実験用じゃなくて、護衛とか強襲に使う戦闘用として作られていた…………)


 合成獣の周りには素材であったコンクリートの塊が散らばっている。 葉月によって作り出された龍頭の形を保つための魔力が尽きたのだろう。 そしてゆっくりと葉月を見据える。 すると、ゆっくりと葉の口の両端が吊り上り、その愛らしい顔に似合わない妖艶な笑みが出来上がった。

 何かを企んでいる様な笑みだが、よく見ると全然違う。 彼の笑みは『何かを企んでいる誰かの行動が楽しみだ』という笑みだ。 何が始まるのかが解らない今、こちらも何をするのかが決められない。 だからこそ面白い。


(ふふっ………。 長生きすると面白いものが見つかる。 忙しくなりそうだ)


 葉は獅子よりも強い声を出して笑う。 だが強いと言っても、声の大きさそのものは半径一メートル前後にまで近づかないと聞えないほど小さい。

 しかしそれは、そのくらい近づいてしまえば、心臓の弱いものなら一瞬で気絶してしまいそうな悪魔のような笑みだった。



どうも、初めまして。 そうでない人(いるわけ無い)はお久しぶりです!


正直殆ど初心者でして、決して全く上手くはありませんが、楽しみながらやっていきたいと思っております。


アドバイスや感想などはドシドシ、バシバシください! やはり参考にもしたいし、もらえると嬉しいですので。


とりあえずはこんな感じで。 今後、色々お世話になりますが、どうぞヨロシクです!



現在、ボイスブログをやっております。

URLは貼っておきますので、お暇があれば、遊びに来てください→http://www.voiceblog.jp/night-lock/



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