[第一部]エンドロール
人々に停戦と伝えられたこの話だが、実際は無条件降伏に近いものだった。
グリーン連邦国は銀河連合会議の停戦監視団と大幅な軍縮要求を受け入れ、栄光ある宇宙軍は、自国防衛に必要と認められた艦艇以外は、武装解除の後に解体か売却の運命を辿ることになった。
フランクリン中将が首相を務めるグリーン連邦議会は解散、その運営は一時的に停戦監視団が受け持つこととなった。もちろん、状況が落ち着くとされる数年後に、民主的な選挙を行うことが前提だ。
その停戦監視団だが、名前とは裏腹に、主なメンバーはアムテス皇国の官僚や軍人によって構成されており、実際的にはアムテス皇国の占領軍であった。
抗議すべきではという声はもちろんあったが、フランクリン中将は黙ってそれを受け入れるよう通達を出し、混乱は最小限に抑えられた。
「復讐に燃える軍と話し合いの余地がある軍、どちらが良いと思うのかね?いや、国民を道連れにしての破滅という道もあるか」
なおも食い下がる士官達を前に、中将はこう言って苦笑いを浮かべたという。
この話がマスコミによって公開された時、グリーン連邦の国民は驚愕といっていいほどに驚いたが、破綻寸前だった国の内情も同時に公開されたことで、人々は自らが犯した選択の過ちを理解し、反論は消えていった。
そして紛争の最前線にいた第六艦隊は、もちろんの話だが惑星N227からの撤退が決定し、本国への帰還が始まっていた。
「しんがり、ですか?」
カエデとの戦闘に生き残ったショウジは、それなりに深刻だった体へのダメージが完全に癒えるまでの間はブルーフォレストに残ることとなり、停戦から一ヶ月ほど経った今もまだ艦に残っていた。
次々に家へと帰っていく同僚を見て心揺れるものがあったのは事実だが、いま無理をしてワープでの移動を行えばどうなるかわからないと軍医に言われてしまっては大人しくするしかなかった。
「というより人質ね。もしここで何かあったら、この艦は皇国軍の砲撃を受けて爆発しちゃうってこと」
そしてルブラン兵長もまた、ブルーフォレスト残留組の一人となっていた。なにしろ停戦が決まったことで膨大な事務処理が発生しており、彼女のようにその手の能力が高い軍人はまだしばらく残るよう通達が出されてしまったのだ。
もっとも、彼女は将来エリートとなることを嘱望されている人物である。彼女がこの艦を離れるのもそう遠い未来の話ではないだろうと、艦内の人々からは噂されていた。
「でも、そう心配することは無いと思うわよ。アムテス皇国軍から停戦監視のための要員がこっちに来るって話だし、本国からは記者の乗り込みもあるみたい」
「記者、ですか?」
「ええ、停戦で両国の人間が入るブルーフォレストをぜひとも取材したい、って。彼ら、本当にたくましいわよね」
まあ軍としては、そんな記者の目があるところでは皇国軍も無茶は言うまいと思っての話であろう。
「ところで体の方はどう?良ければ、今日にもその皇国軍の人たちが来るみたいだから、その着艦の手伝いをしてほしいの。ほら、みんなもう本国に帰っちゃったから」
「医療システムによれば、戦闘機動をしなければ問題なしと出ています。問題ありません、隊長」
「ありがとう、じゃあお願いね」
そして二時間後。
ルブラン兵長の言う通り、停戦監視を任務とする皇国軍の人間を乗せたシャトルが、危なげない動きでブルーフォレストに着艦した。
他国のシャトルが着艦するという光景はそう多いものではないので、飛行甲板は手すきの乗組員達が見物客として集まっていた。
「機体固定システム、オールグリーン。連絡通路の空気圧調整オーケー、こちらブルーフォレスト、ハッチ開放します」
ルブラン兵長の命令に従って手伝いを行っていたショウジが、連絡通路のコンソールパネルを操作して、ハッチを開けた。
「艦長、もう大丈夫です、こちらへどうぞ」
着艦フロアに、ウッド艦長をはじめとする士官達が入ってくる。
そして連絡通路の向こうから、数にして五名の人々がフロアに入ってきた。
「ウッド艦長ですね。はじめまして、本官はアムテス皇国軍第四艦隊に所属しております、ヒュウガ大尉です」
「連絡は来ていますよ、大尉。ようこそブルーフォレストへ。古い艦で申し訳ないが、住み心地だけは保証しますよ」
そうしてウッド艦長とヒュウガ大尉がにこやかに握手したところで、場はようやく和やかな雰囲気となった。
「ところで皇国の方は三名とお聞きしていましたが、そちらの二人は?」
「ああ、連絡はまだでしたか。そちらの国の方々ですよ。先日、我が国を取材していて、そのまま今度はこちらの取材だそうで。マスコミというのはどこもパワフルですな」
「ああ、あの記者の。いや、連絡は受けていましたが、まさかそちらのシャトルで来るとは思わなかったもので」
「すみません艦長、本社の連絡が遅れてしまったようで、お詫びします。グリーンタイムスのアーダム=アメルンです。こちらはダリア=デオダート」
「よろしく、アメルンさん。ああ、そちらの女性はよく知ってますよ。そこのクリスティ二等兵を取材していた女性記者ですね」
「覚えていただいて光栄です、艦長。ダリアと呼んで下さい」
そして話題に出たもう一人のほう、ショウジはその光景に呆然となっていた。
つい先月に生放送で直接話をしていた同級生記者の彼女、ダリアがなぜここに?いや、ルブラン兵長は確かに記者がこの艦に来ることを言っていたが、まさかそのうちの一人が彼女とは、ショウジは予想すらしていなかった。
そして談笑を始める艦長と大尉から死角になる位置で、ダリアはショウジの方を向いて、周囲に気づかれないようにウィンクをした。
「それとですが艦長、ええとこれは非常に言いづらい話なのですが、連絡のほかに我が軍でもう一人、こちらに乗艦する者がおりまして、な」
「ほう、いえ、遠慮なく言って下さい。この艦の客室はまだまだ余裕がありますから大丈夫ですよ」
「そう言って頂けるとありがたい。このシャトルの担当操縦士なのですが、どうも女性というものは準備に手間取るようで」
「準備?」
とウッド艦長が怪訝な表情を浮かべたとき、通路の奥から一人の女性が入ってきた。
服装は純白の美しい軍服姿で、どちらかと言えば偉い立場の人間が着るようなものだ。
そしてその人物に、ショウジは思いっきり心当たりがあった。
「はじめまして艦長、本官はこのシャトルの操縦士を任命されております、フソウ=カエデ伍長と申します。いろいろご迷惑をおかけすることになるかと思いますが、その際はご容赦願いたく存じます」
美しく流れる長い黒髪、気品溢れる涼やかな顔立ち、それはまぎれもなく先日ショウジと死闘を繰り広げたカエデその人だった。
もちろん艦長もカエデの事は知っていたので、どう返事をしてよいのかわからず、ただ頷いただけだった。そしてカエデは目ざとくショウジを見つけると、周囲が呆然とする中を気にする風もなく移動し、その前へとやってきた。
「あ、あー」
「すまぬなショウジ、本当は白無垢で来たかったが、さすがにいろいろと迷惑がかかるので、親戚からこの服を借りてきた。これを嫁入り衣装と思ってみてほしい」
「よ、嫁入り!?」
うむ、とカエデがにこやかな笑顔を見せる。
「あの戦闘、私自身の未熟も含め、完敗だった」
「あ、いや、あれは引き分けだって僕は」
「己の不甲斐無さを痛感し、それをショウジは命がけで教えてくれた。それほどの相手に約束を違えるのは、許されない話だろう。この姿は、私の気持ちの表れと見てほしい」
「いやまって、だから僕は」
「とはいえ今の私はもう普通の人間も同じでな、貴族としての力は無い。そなたの隣にいて支えることしかできぬが、以後よろしく頼む」
もはや何をどう言っていいのかわからず呆然とするショウジに、カエデはその手を取って頷いた。
「はっはっは、フソウさんと言ったかな、その辺りはあとで落ち着いたときに彼と話をするとよいだろう」
「ええ、か、艦長!?」
「おっと、申し訳ありません。彼の顔を見て、つい」
「若いというのは良いことじゃな。大尉、立ちっぱなしは何ですから、乗組員に客室まで案内させましょう。あ、クリスティ二等兵はこっちじゃな」
え、え?と混乱しっぱなしのショウジの両脇に、いつの間にか屈強な兵士二名がついて、その両腕をがっしりとつかんだ。
思わず助けはないのかと周囲を見るショウジは、ダリアと目があった。
ダリアは頬を膨らませて、ふん、と背を向けた。
「あ、あああ」
「さあてクリスティ二等兵、事情をたっぷりと説明してもらうかね」
この後、ショウジ=クリスティ二等兵に予定されていた本国への帰還は取り消しとなり、同時に軽巡洋艦ブルーフォレストへの残留が軍本部によって正式決定された。
徴兵された兵士達の多くが家へと帰される中、彼の取り扱いは異例中の異例であった。
彼の家族からは当然のごとく激しい抗議の声が上がったが、これは軍情報部が苦労して説得し、沈静化させた。末端の兵士に対する取り扱いとしては、これもまた異例であるといえよう。
もはや、彼をとりまく状況は、単なる徴兵された少年というものを超えてしまったということである。
もっとも、その本当の事情が、家族や友人達に届くことは無かったようだが。
「だって押しかけで貴族の女の子に言い寄られて、その子の立場があるから身動きとれなくなったなんて理由、誰に言えるっていうんだよ!?」
「私は大丈夫だぞショウジ。よければ皇国で二人一緒でも良いのだが、どうかな?」
ショウジが普通の人生を取り戻すのは、もう少し後の話となりそうである。
[終]
ここまで読んでくれた人に、まずは感謝の言葉を申し上げます。
この話は、去年くらいに一つSFのような話を書こうと思い立って描き始めたものです。もともと宇宙だの戦艦だのといった単語の世界にどっぷり浸かって育った人間ですが、出てきたものはひたすら地味な小型機の世界。いろいろ華やかな飾りはつけましたが、さてどうでしたでしょうか?
いまの流行からは異質に古臭く離れてしまっていますが、目に触れた結果として何か評価していただけるものがここにありましたら幸いです。
こんなことを書いていますが、次はまた違ったものを投稿させていただく予定です。とりあえず一塊分は書き上げていますので、一ヶ月ほどかけてゆっくりと落としていくつもりです。
ではまた、次の話で。