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[第一部]第四章 兵士の義務

「お疲れ、クリスティ二等兵」

 かつてのクラスメートだった女性記者からのインタビュー、それも生放送を終えた後、ルブラン兵長がショウジにねぎらいの声をかけた。

「ルブラン隊長、いろいろと動いて頂いてありがとうございます」

「いいのよ、それに動いたのは私より艦長のほう。あとでお礼を言っておきなさい」

 わかりました、とショウジは笑顔で敬礼した。

 この生放送インタビュー、実はショウジの発案によって実現したものであった。

 理由はもちろん、アムテス皇国軍のパイロットであるカエデに勝利するためだ。

 カエデの操る機体は、隠密行動において比類なき性能を持っている。事実、二度の遭遇において、ショウジの乗るバンシー4はいまだ彼女の機体を先んじて捕捉できていない。

 だが、万能無敵な兵器など、この世界には存在しない。科学技術が似たようなレベルならば、何かに特化すれば同時に何かが弱体化するものだ。

 その一点が継続戦闘能力にあると、過去のデータからショウジは分析した。

 彼女が持つ兵装の弾数は決して多くない、と。

 だとすれば、たとえ彼女の位置を捕えられずとも、機体が所持する弾薬を使い切らせてしまえば、途端に無力な存在へと成り下がる。あとは煮るなり焼くなりショウジの自由だ。

 そうと決まれば、打てる手はいくらでもある。

 とくに無駄弾を撃たせるなら、精神的に揺さぶりをかけるのが一番だ。

 精神的な動揺を誘うとなれば、今も昔もメジャーな方法は挑発である。

 しかしカエデ本人に対して挑発をかける方法は限られている。この前のように彼女から直接コンタクトを取ってくれば別だが、そんな幸運はもう二度とないだろう。

 となれば、こちらから動くしかない。

 そこでショウジが思いついたのが、例のクラスメートだった女性記者の取材であった。

 彼女が定期的にショウジの事を記事にしているのは、アムテス皇国軍も知っているはずである。だからその彼女の記事に、カエデへの挑発を入れることができれば、その情報は確実に彼女の元へ届く。

 だが次の取材は一週間後で、それではいろいろと間に合わない可能性がある。何か理由をつけて、早めに取材を行わなくてはならない。

 その話を隊長であるルブラン兵長に相談したところ、じゃあ生放送があるじゃないと、彼女はとびきりの提案を出してきた。

 生放送というのはさすがにショウジも驚いたが、やることはあまり変わらないので、そのままショウジは突っ走った。

 ルブラン兵長やウッド艦長も協力を惜しまず、その提案は軍の上層部にすぐ受け入れられた。

「第六艦隊で二機もその女に撃墜されたんだもの。もう艦隊の面子問題になってるから、みんな必死よ」

 そのうちの一機であるバンシー1は彼女の部下であり、次はショウジがその餌食になるかもしれないとなれば、彼女もまた必死だったということだ。

 そして生放送当日、かつてとは違った眩しさを見せるクラスメートに、その彼女を利用してしまった事にかなりの心苦しさを覚えつつも、ショウジはやや大げさな感じで、カエデに対する挑発を行った。

「貴族のお嬢様が財力にまかせて高性能な機体に乗っているだけです。彼女がこれを聞いていたら一言、負けたら僕と結婚するとか言ってたけど、次に会うときはウェディングドレスを用意してきてほしいですね。きっちり生け捕りにしますよ」

 まあ挑発としては三流程度のものであるし、あまり挑発そのものに慣れていないせいもあって、正直どこまで効果があったかはわからない。

 だが一応、聞いた相手の逆鱗に息を吹きかけた程度のことはできたとショウジは思っている。

 そしてカエデに関する情報は、他にも続々とショウジのもとに届けられた。

「そうそう、頼まれていたブルーマウンテンの哨戒機戦闘記録なんだけど、ようやく取り寄せられたわ」

 そう言うと、ルブラン兵長はショウジに一枚のデータユニットを見せた。

 やや自慢げな態度なのは、入手困難と言われていたものをうまく手に入れられたからであろう。

「おお、ありがとうございます。内容のほうはどうでした?」

「その機体、敵の誘導に引っかかったみたいね。彼女を含む三機の編隊と駆逐艦に追いかけられて、最後はそのお姫様が撃墜したみたい」

「編隊での攻撃、この前と違うな。ひょっとしてその時の機体は普通の哨戒機ですか?」

「ええ、いつもの皇国の哨戒機よ」

「ふむ、ということは、彼女が今の機体に乗ったのはつい最近って事になるな」

 ましてやその機体は哨戒機のように実績のあるものではなく、人型兵器という新機軸のもの。運用マニュアルが揃っているかは怪しいところだ。

 こうなってくると、勝利の可能性がある分、いまの単独プレーのほうが何倍も対処しやすく感じられる。複数戦力による連携プレーは、ひとたび狙われたらとにかく逃げるしかない。

「それでどうするの?次のあなたの出撃予定は三日後よ。一応、今回の件があるから、確実性が無いなら少しくらい融通できるけど」

「いえ、予定通り行きます。下手に予定を変更すると、相手が釣れない」

「ふうん、わかったわ。あと、あなたから申請のあった装備、一応全部お願いしたけど、本当にこれでいいの?」

 と、ルブラン兵長が手元のコンソールにリストを表示しつつ、訝しげな表情を浮かべた。

 その内容を目でさっと確認したショウジは、内容に間違いがないことを見て、満足げに頷いた。

「はい、これでお願いします」

「まあ、何か考えがあるんだろうし、勝てばいいわ。依頼リストの到着は明日ね。整備部や資材部にだいぶ無理言ったから、あなたからもお礼を忘れずにね」

「了解いたしました」

 ちなみにこのあたり、実はルブラン兵長の人柄による成果である。

 古より男社会である軍艦において、やはり美人のお願いというのは、誰しも弱いものである。それ以上にもともと純朴な彼女が、無理を承知でお願いをしてきたとあれば、それに応えたいと思うものまた男心である。

 顔では苦いものを見せながら、よっしゃポイントゲットのチャンスと思った人物がいても、それは無理からぬ話であろう。

 バンシー4のいる格納庫に移動したショウジは、早速機体とコンタクトを取り、基本作戦の調整に入った。

「おはようございます、機長」

 整備用スクリーンに、いつものバンシーの美しい笑顔が映し出される。

「バンシー、お願いしていた敵機の性能分析はどうなっているかな?」

「はい、おおむね完了いたしました」

 と、彼女は想定されるカエデ機の性能表をショウジの前に表示した。

「だいたい、予想通りか」

「はい、機長の予想とあまり大きな違いはありませんでした。唯一わからない部分は、最初の交戦時に無人偵察機を破壊した攻撃です」

「近接防御用の近距離対空レーザーじゃないかな」

「判断を行うには情報が不足しています」

 確かに、あの時は無人偵察機が真っ二つになったあとの映像だけで、攻撃そのものを捕えられてはいない。

「ただ、機長の言われる通り、近接用対空レーザーならば似たような破壊を行うことができますので、その変形である可能性は高いと思います」

「バンシー4に搭載されているのは二門か。ひょっとしたら同じものかもしれないな。よし、このセッティングにしよう」

 機体の大きさはバンシー4と同じ、武装はレールガンに近接レーザー、そして弾薬数は念のため想定より少し多め。さらに特殊兵装として強力なステルス性能を保持。

 それは、シミュレーション戦闘を行うための、カエデ機を強く意識した相手側の性能データであった。

 もちろんこのデータは予想の中で作り出した虚像であり、現実と異なっている可能性は高い。

 だがそんな機体データであっても、予めシミュレーションで訓練を行う価値はある。間違った部分があるのなら、その時に修正すれば良いだけの話だ。

「機長、用意している兵装はいかが致しましょう、データに反映していないようですが」

 ショウジが行っているセッティングを確認していたバンシーが、その内容に首を傾げつつ言った。

 用意している兵装というのはもちろん、ルブラン兵長にお願いした対カエデ機用の装備である。

「今はいいんだ。通常哨戒戦闘用装備でまずはシミュレーションをしたいから」

「わかりました」

 兵士が強くなる方法は二つ、訓練と実戦である。

 強い武器は訓練で使いこなせるようにしなければ意味がないし、優れた判断力も実戦を経験しなければ十全に発揮されない。

 ショウジはどちらかと言うと実戦に偏った兵士であるが、幸いなことに、ショウジ自身は己の訓練不足をきちんと認識していた。

 とくに今回の相手は、生半可な実力で勝てる相手ではない。生き残るために訓練が必要というのなら、生き残れるまでこなすだけである。

 本当であればベテランの兵士に教官となってもらい、訓練の指導をしてもらえれば効果的なのだが、そんな兵士は残念ながらこの艦にはいなかった。

 もっともショウジにしてみれば、そんな満足な環境で戦えたことなど今まで一度たりとも無かったので、別に気にもしなかった。今できる最善を尽くす、それだけだ。

 この辺りの心境について、ショウジは自分の中でおそらく一番変わった部分だろうと思っている。

 スクール時代はどちらかと言うと怠惰がメインで、勉強などまったく興味がなかった。

 本が好きだったのも勉強などではなく、外で体を動かすということが嫌いだったためだ。

 無論、気になる女の子の事を想って悶々とすることもあったし、仲の良い友人と馬鹿笑いしながら日々を過ごすこともあった。

 だが、全ては遠い日の夢、追憶の彼方と化した。

「敵の攻撃、エンジンに到達と判定。機長、本機は撃墜されました」

 二時間後、合計五回に及ぶ戦闘シミュレーション結果を見ながら、ショウジはため息をついた。

「やっぱり生き残りは運になるなあ」

「初回に敵の位置を特定できないと、その時点で敵の先制を許してしまいますね」

「無人偵察機の飽和突撃でも検知できないとなると、わかっていたけど厳しいな」

「しかし機長、最後のシミュレーションでは、機長が敵機の位置を先んじて把握した形跡が見られます。このとき、レーダーには何も映っていなかったはずですが」

 バンシーが先ほどの訓練映像をリプレイで映し出した。

「初めから奇襲されるとわかっていたから、無人偵察機の配置で敵機が来る方向を予測していた、という感じさ。ただ、ヤマ勘だから、結局外したけどね」

「予測というのは、何を根拠にされましたか?」

 ん?とショウジが顔を上げた。

「機長、私は、機長が行った今の予測が、何を根拠にしたのかがわかりません。無人偵察機の配置は均等で偏りはなく、本機の行動パターンも通常の作戦規定に則った、極めて平均的なものです。敵側から見た攻撃時のリスクは、どの地点も変わりはありません」

「その配置って、各種センサーの範囲を相互でカバーしたものだろう?それを無視すれば、位置的な偏りがある」

「確かに配置だけでみればその通りですが、探知の危険性はどこも同じです」

「だから言ったじゃないか、ヤマ勘だって。あ、まてよ」

 ショウジがじっと腕組みをして考え込んだ。

 その姿を、バンシーは何も言わずじっと見続ける。

「バンシー、確認。彼女は僕を狙ってくる」

「はい」

「僕を倒すためには攻撃しなくちゃいけない。ただ、その手段は奇襲に限られる」

「はい」

 ここまでは、ショウジが何度となく確認した、カエデの立ち位置である。

「奇襲をするためには、無人偵察機で作られた強固な監視網を、何らかの技術で無力化しなくちゃいけない。そして彼女の機体はそれを何らかの方法で実現した。ただ、それが万能である保証はないから、奇襲攻撃にも何らかの安全を見たパターンが必要になってくる。どう、バンシー?」

「チェック、奇襲を行う際に安全な位置を求めるのは正しいと判断します」

「なら、無人偵察機の行動パターンや配置から、彼女の奇襲ポイントを予め誘導することは可能?」

「チェック、可能と判断します」

「作戦案の作成はできる?」

「はい、ブルーフォレストのセントラルコンピュータを使用すれば、出撃までに十分な作戦案を用意できます」

「その場合の、本機の生存率はどうなるかな?」

「奇襲攻撃をある程度限定できますので、十分に効果が認められると判断します」

「オーケー、よし、やろう」

 ショウジは連絡用端末に手を伸ばすと、いまの話を早速ルブラン兵長に伝え始めた。

 このような感じで瞬く間に三日が過ぎ、ついにショウジが出撃する日となった。

「機長、変更した兵装のチェック完了しました。オールグリーン、いつでも発進できます」

 いつもの操縦席で、バンシーが静かな笑みを浮かべてショウジに報告する。

 やるべき事は全てやった。

 作戦案を練り、訓練をして、装備もきちんと調整した。

 もちろん万全とはいえない状況だが、それはいつもの事である。与えられた環境に対して全力を尽くしたことだけは間違いない。

「コントロールよりバンシー4、状況知らせ」

 通信機から、涼やかな女性の声が聞こえてきた。

「こちらバンシー4、発進準備よろし。今日は少尉が担当なんですね」

 モニターに、栗色の髪をした妙齢の女性が映し出された。

 艦橋で戦術モニター業務を行うフィッシャー少尉である。

「コントロール了解、五分後にカタパルト乗せます。ふう、今日は非番なんだけど、マリーに頼まれたのよ」

 マリーとはもちろん、ショウジの上官であるルブラン兵長のことだ。

「カタパルト了解、機体コントロール預けます。隊長に頼まれた、ですか?」

「機体コントロール受け取り、移動開始します。何でも、私のエンジェルボイスで送ってくれって、ね。まったく、そんなの、この前のバンシー1でとっくに効力切れてるわよ」

「はは、そんな事はありませんよ、奴は捕虜になってますから、少尉のエンジェルボイスは健在です」

 エンジェルボイスとは、フィッシャー少尉によって送り出された哨戒機は、どんな激戦であっても必ず生き残るというものである。

 もちろん、それは迷信と偶然が混ざり合ったものであるが、事実でもある。

 撃墜されたバンシー1ですら、乗員は捕虜になって生き残ったのだから間違いはない。

 非科学的と笑う者も多いが、そんなものでも縋るのが兵士という存在である。

 家族の写真から寺院のお守りに胸ポケットのライター、下世話なものでは恋人の陰毛に至るまで、それらは最前線に生きる兵士達を少しでも生き残らせるべく存在し続けた。

 そしてルブラン兵長は、彼女ができる最後の支援として、女性士官でも最上位にいるフィッシャー少尉に、そのエンジェルボイスでの送り出しをお願いしたのだろう。

「こちらコントロール、カタパルト位置確認、最終チェック」

「こちらバンシー4、オールグリーン、いつでもどうぞ」

「こちらコントロール、いいことバンシー4、あの生意気な皇国の女貴族をぎゃふんといわせて、必ず生きて帰って来なさい。これは命令よ」

「こちらバンシー4、命令了解。お土産を期待して待っていてください」

「よろしい。カタパルト射出、グッドラック、バンシー4」

「コントロール、いってきます。バンシー4、アウト」

 そしてショウジは、星々の舞う漆黒の宇宙へと再び出撃していったのだった。




 ブルーフォレスト哨戒機隊が受け持っている作戦区域は、第六艦隊全体が管理する区域の中ではやや外れた、決戦区域にはなり難いエリアである。もちろん戦略的な価値は低く、偵察を行うのも万が一の奇襲を防止する以上の理由はない。

 そんなエリアに彼らが割り当てられているのは、ブルーフォレストに所属する操縦士全員が徴兵された未熟な兵士であり、彼らの技量で十分な偵察を行える場所がそこしかなかったというのが一番であろう。実際、危険度の高い第六艦隊の決戦区域は、艦隊の中でもベテランの操縦士達が受け持っている。

 このため、ショウジが哨戒を受け持つ今回のエリアも、決め付けるのは危険だが、大型の敵艦艇はいないとされていた。もっとも、位置を特定されたら敵艦の砲撃がやってくる距離ではあるので、油断は禁物である。

「バンシー4よりバンシー2、交代に来たよ。状況知らせ」

 暗号化で何十にも偽装された、短距離での通信が宇宙を走る。

「こちらバンシー2、交代了解。後退しつつデータ引継ぎを行う。データリンク接続」

「接続了解、何か変わったことはある?」

「ああ、艦隊本部から連絡があったくらいだ。標準時で今日の0時まで、戦闘は防衛のみとして、積極的な攻勢は控えろ、だそうだ」

「戦闘を控えろ?ふうん、その時間だと、あと八時間ってとこか」

「そうだな。本部がそんな通達を出した理由はわからないが、何かあるんだろうな」

 バンシー2の哨戒データ結果が送信される。今のところ、特に大きな異常は無い。

「ところでどうする?少しくらいはまだ一緒にいられるが」

 バンシー2からの通信に、ショウジは操縦席の中で微笑んだ。

 もちろん彼も、ショウジが敵の女貴族に狙われていることを知っている。それを心配しての言葉だ。

「ありがとう、だけど、大丈夫。彼女の件は僕のほうでカタをつけるよ」

「そうか、わかった。まあ、あんな通達が出るくらいだから、この戦争もそう長い話じゃないんだろう。無理をして死ぬなよ」

「ああ、もちろん」

 そしてバンシー2は、視界距離ですれ違うように近づいて、遠ざかっていった。

 ショウジはそれを確認すると、すぐさま対カエデ機用の準備を始めた。

「バンシー、持ってきた無人偵察機を展開、予め設定した偵察パターンで哨戒行動を開始」

「了解いたしました、機長」

「そして現時刻より、敵の奇襲が必ずあると想定し、センサー全て戦闘モードで稼動」

 ショウジの頭の中は、すでに戦闘モードに切り替わっていた。

 先ほどのバンシー2との会話、そこにあった艦隊本部の通達。

 通達の内容は、わざわざ艦隊本部が作戦行動中の哨戒機にまで出すような話ではない。だがそれをあえて行ったということは、何か意味があるということだ。

 そこに何か政治的な動き、停戦といった話があるということを理解できぬほど、ショウジは鈍感ではない。小さな可能性として、決戦を行うための戦力保全という話もあるが、今の情勢でそれは無いだろう。

 となれば、ショウジとカエデ、二人の決戦もそう遠い未来ではない。

 停戦のことはカエデにだってもちろん伝わっているはずである。それで退いてくれるのならこれほど楽な話はないが、彼女が名誉とかを重んじるのであれば、これを最後のチャンスと見て、無理にでも仕掛けてくるだろう。

 残り八時間で仕掛けてくるとわかれば、ショウジとしても気楽である。

 決戦前の哨戒任務ともなれば、徹夜での哨戒など珍しくもない話である。今回の件に限って言えば、ショウジは薬剤を使用しての数日間徹夜警戒も覚悟していた。

「バンシー2ですが、回収予定だった無人偵察機を十二機残していますね。回収忘れの連絡が来ています」

「あいつなりの気遣いか、ありがたいね。帰ったら夕飯奢りだな」

 もちろんこれは忘れ物ではない。バンシー2が、ショウジの事情を知って使えそうな無人偵察機を残したのである。

 帰ったら始末書は間違いないが、ブルーフォレストでこの件を知らぬ者はいないので、そう強い罰にはならないだろう。

「よし、この十二機は適当な区域に集めておいて、予備兵力で投入できるようにしよう」

「了解いたしました、機長」

「さて、彼女はいつ仕掛けてくるかな」

 ショウジは目の前に広がる宇宙をじっと見据えた。

 もしショウジがカエデの立場なら、時間ギリギリ、もう大丈夫だろうと油断したその瞬間を狙う。唯一のリスクは、早い時間に停戦の連絡が来てしまい、戦闘が行えない状態になることくらいである。

「艦隊本部より定時連絡です。バンシー2の報告にあった通り、所定時間まで積極的な攻勢は控えるように、とのことです」

「その状況で常時戦闘モード、か。後でいろいろと文句言われそうだなあ。まあ、言い訳はいくらでも思いつくか」

 そして、退屈な時間が過ぎていく。

 哨戒任務のほとんどは、この何も無い時間である。

 虚空を見つめ、動かないデータを確認し、その結果を後方の味方艦隊に送る。

 ただ、今回がいつもと違うのは、確実に敵は来るということ。

 所定の位置で女の子を待つ状況、言葉だけなら紛れも無いデートである。だが、その女の子は自分を殺しに来る、敵だ。

 変化は、所定の時間まで残り三十分という時にやってきた。

「警報、無人偵察機とのリンクに障害」

「きたか?」

 異変が起きるのは織り込み済み、ショウジが落ち着いて状況を確認する。

 先ほどまで全く問題が無かった、バンシー4と無人偵察機の通信にエラーが発生している。しかも、発生頻度が時間と共に増大している。

「シールド展開、対空戦闘用意」

 詳しい調査を行う前に、ショウジはバンシーに戦闘用意の命令を下した。

 ここまで来て、これがただの事故や故障であるというのは考えにくい。

 彼女が来た、ショウジはそう判断した。

「エラーを起こしている無人偵察機の配置を表示、エラーの状態も」

「了解、機長。モニターに出します」

 ショウジの周囲に、無人偵察機の位置と、それらが起こしている通信エラーの回数がグラフ化される。

 時間経過と共に、ショウジのバンシー4を包み込むように、無人偵察機が発するエラーの数が増大している。

「本機のレーダーにノイズ」

 ショウジはその瞬間に、バンシー1がいかにして撃墜されたのかを理解した。

 現在進行形で、バンシー4は無人偵察機との通信を遮断され、レーダーも無力化されつつある。レーダーの使えない哨戒機など、もはや脅威でもなんでもない。

 おそらくバンシー1は、今のようにこのまま目も耳も使えなくなり、混乱した状態から奇襲を受けて、撃墜されたのだろう。

「早速奥の手か!光学モニターに処理を振り分けて。三秒後に照明弾発射、回避モードまかせるよ」

「了解いたしました、機長」

 いまの時代、光学映像による偵察など、補助的な意味でしかない。

 なにしろ技術として枯れ切っていて対応策も豊富に用意されており、レーダー等に比べてどうしても効果が低くなってしまうのである。

 だが、今までの戦闘結果で敵機発見という点において成果を上げたのは、最新鋭のレーダーではなく、この昔ながらの光学撮影であった。

 このためショウジは奥の手の一つとして、実績のある偵察用光学撮影装置を機体にいくつも増設した。

 それに加えて、装置の調整もカエデ機を想定したものとなっており、少なくとも以前よりは見つけやすくなっているはずだ。

 問題があるとすれば、より効果的な撮影を行うのに必要となる照明弾で、これを使うと、バンシー4のおおまかな位置が周囲の全軍に知れ渡る事になる。

 同時に敵艦からの艦砲射撃が来ることも。

 だがショウジは、敵艦の砲門がこちらに向けられることは無いだろうと予測していた。

 なぜなら、一度決闘を宣言してしまったカエデが、それを許すはずがないからである。

 貴族である彼女が望むのは一つ、一対一での勝利であるはずだ。

「照明弾、射出します」

 次の瞬間、照明弾がバンシー4の周囲を照らした。

 即座に分析処理された周辺の映像が、モニターに映し出される。

 これは、とショウジが思わず呻いた。

 バンシー4の周辺は、何か黒い霧のようなもので覆われつつあった。

「最初の時の煙幕か!?」

「不明、照明弾に砲撃、破壊されました」

「砲撃箇所に無人偵察機で攻撃!攻撃方法は何だった、バンシー?」

「レーザーではありません。質量弾による攻撃、レールガンと推定。破壊角度から敵位置を判定、予測奇襲ポイントの一つです。レーザーによる準備砲撃を開始します」

 すでに奇襲ポイントに対して攻撃準備を整えていた無人偵察機が、予測される敵位置に対して、位置特定用の探索レーザーを叩き込む。

 だが、その攻撃は全て空振りに終わった。

「砲撃、全てすり抜けています。有効弾無しと判定」

「そんな、あのタイミングと密度のレーザー砲撃なら、いくつかは当たるはずなのに」

 そう言ってから、ショウジはカエデとの最初の戦闘時を思い出した。

 あの時も、無人偵察機の攻撃を、彼女は全て回避していた。

「警告!砲撃、来ます」

「回避!」

 バンシーが砲撃警告を出した瞬間に、すでに機体は回避行動へ移っていることをショウジは十分に知っていたはずだったが、それでもショウジは叫んだ。

 そして次の瞬間、機体に衝撃が走った。

「直撃です」

「被害判定!」

「質量弾の直撃です。シールドとアーマーで止まりました。現在のところ、自己判定で機体に異常はありません」

 ふー、とショウジが息をつく。

 カエデの機体がレールガンを武器にしていると判断して、機体が重くなるのも構わずに、対質量兵器用の装甲をつけたのが幸いした。

 もっとも、この装甲も無敵ではない。砲弾が命中した装甲パネルは、その構造から次の攻撃に耐えられないからだ。

 また、機体に装着できた装甲の箇所も限られている。基本的には保険程度の存在だ。

「先ほどの攻撃地点に無人偵察機での攻撃を行いましたが、回避されました」

「何かカラクリがあるな。攻撃地点は最初と同じ?」

「若干移動していますが、ほぼ同じです」

「ふむ、確実にそこに何かいるな。バンシー、その周辺に照明弾打ち込んで」

「了解いたしました、機長」

 再び照明弾の眩い光が周囲を照らし、瞬時に消えた。

「同じです、照明弾、迎撃されました。敵の攻撃ポイントも先ほどに近い場所です」

「照明が出た時の映像を」

 モニターに、照明弾によって浮かび上がった煙幕の映像が映し出された。

「えらく広い範囲に煙幕が出てるなあ」

「映像に、先日探知した敵機のセンサーらしきもの、確認」

 バンシーがその映像を拡大する。

 そこには確かに、光を受けて浮かび上がる敵機のセンサーらしき物体が、ややぼんやりとしたものではあったが、映し出されていた。

「あのセンサーを狙えるかな、バンシー?」

「すでに煙幕に隠れていて、位置の判別がつきません。加えて、射撃レーダーにノイズが多く、非常に厳しい状態です」

「また出てきた時を狙って、カメラ映像による射撃はどうかな?」

「この映像は照明弾によって浮かび上がったものです。一定時間、照明があれば破壊は可能ですが、現状全ての照明弾が迎撃されておりますので、そのチャンスは少ないと判断いたします」

 その説明から、ショウジはなぜカエデがここまで執拗に照明弾を破壊してきたかを理解した。

 いくらレーダーを無力化する煙幕とはいえ、自分も攻撃を行うためには、どこかで射撃管制用の装置を煙幕の外に出さないといけない。その考えは、最初と今回の戦闘でほぼ実証されている。

 その装置を見つけ出す数少ない方法の一つが、おそらくだが、この照明弾とカメラの組み合わせなのだろう。だから彼女は照明弾を破壊し続けて、射撃管制装置への攻撃を防がないといけない、ということだ。

 こんな事ならもっと照明弾を用意すればよかったとショウジは悔やんだが、今までの状況でそこまで予測できたら、天才を超えて神様のレベルである。

「照明弾の残りは?」

「あと三発です」

「敵機が消費したレールガンの弾数はわかる?」

「少なく見積もっても、三点バーストを七回で、二十一発は消費したと思われます」

 想定されるカエデ機の弾数は、多めに見積もって総数百五十発、まだまだである。

「今のところはやはりこちらが不利か」

「しかし初期の危機は回避したと判断いたします。奇襲ポイントに予め用意していた無人偵察機も、攻撃こそ効果はありませんでしたが、考えられる対応はできたと判断します」

「だけどせめて敵機の位置は把握したかったな」

 ショウジがそう苦々しく呟く間も、攻防は続いた。

 バンシー2の置き土産であった無人偵察機を投入し、当初から展開していたもの、そしてバンシー4に搭載されていたものも全てかき集めて、射撃ポイントに対し何十もの包囲を仕掛ける。

 だが、周辺一帯を覆う謎の煙幕効果によって、無人偵察機の探索能力は奪われ続けており、彼女を追い詰めているのかどうかもわからない。

「バンシー、包囲エリア全域に観測射撃を行って、敵機の位置を炙り出せる?」

「可能です。射撃範囲設定中、三十秒後に開始します」

 その時、センサーが反応した。

 熱源感知、いくつかの無人偵察機がその方向にカメラを向ける。

 まさか包囲を嫌って出てきたのか、ショウジもその反応地点に視線を向ける。

 そこにいたのは、小型の細長い物体だった。

 そして次の瞬間、その周囲に展開していた無人偵察機が突如爆発した。

「無人偵察機四機、破壊されました」

「あれは、いや、この前の機体とは違う?」

 生き残った無人偵察機が、その出現した何か対してレーザーを放つ。

 次の瞬間、その何かは爆発した。

「敵機、破壊」

「まだだ、回避行動継続、後方に注意!それと観測射撃は今の場所を中心に打ちまくれ!」

 次の瞬間、機体に軽い衝撃が走った。案の定、何者かがバンシー4の死角から攻撃してきたのだ。損害は軽微、なんともお粗末な挟み撃ちだ。

 先ほど出現した細長い物体、ショウジも見たことが無いタイプであったが、おそらく無人偵察機を改造した無人攻撃機だと判断した。どのような方法かはわからないが、この煙幕の中でも作戦行動が可能なタイプなのだろう。

 しかも小さな機体であるがゆえに、めくら撃ちで攻撃を行ったところで、そうそう当たるものではない。今までの戦闘でバンシー4が行った攻撃がことごとく回避されたのも、敵本体ではなく、あの小型無人攻撃機を狙ったせいかもしれない。

 だがなぜ今、その無人攻撃機はショウジの前に姿を現したのか?

 状況から囮と判断されるが、それにしてもいまこの段階で姿を現す必要は決してなかったはずだ。状況はあくまでカエデが有利、今まで通り隠れて狙撃すればいい。

 そこまで考えて、ショウジはふと一つの考えにたどり着いた。

 自らの優位を捨ててでも、そこまで急いでショウジを攻撃したかった理由。

 ひょっとして、カエデは焦っている?

 もしくは、ショウジが思っているほど、彼女は自分の状況を有利に感じていないということか。

 なにしろ初期の奇襲を、ショウジは辛うじてだが凌いでいる。思うようにいかない攻撃に、彼女が苛立っていたとしても不思議ではない。

 だとすれば、カエデは、いま、動いているはず。

 次の攻撃を今すぐにでも行うために。

 その時、ついに逆転のきっかけとなる待望の報告が、バンシーからもたらされた。

「観測射撃に反応!」

 モニターに反応したポイントが映し出される。

 それはおそらく初めて、ショウジがカエデより有利な位置に立った瞬間だった。

「無人偵察機、さらに破壊されています」

「いまだバンシー、シールド最大出力で、あの場所に突っ込め!」

 もはやこの時しかない、ショウジはそう判断した。

 やはり彼女は焦っている。

 観測射撃をバンシーが行っていたのはカエデもすぐにわかったはずだ。それなのに、彼女は不用意にその範囲内まで近づいた。ショウジを攻撃するために。

 だがそれは拙攻という名の悪手だ。

 結果、カエデは自らの位置を無人偵察機によって炙り出されてしまった。

 このチャンス、逃せば、ショウジの勝利は無い。

「敵機の弾数は!?」

「現在までに七十二以上」

「半分いってるかどうか、か。いや、このチャンス、二度はない。押すよ、照明弾発射、できる限りの手段で敵機の位置を検知し続けるんだ」

「了解いたしました、機長」

 無人偵察機との通信エラーが一気に増大する。

 おそらくこの辺り一帯が、濃い煙幕のエリアとなっている。

 普通に考えるならば、この濃いエリアの彼方に、守りたい対象がいるということだ。

「照明弾に反応、画像判別から以前の戦闘にあった敵センサーと思われます」

「すぐに攻撃、撃ちまくりでいい、目を潰せ!」

 ショウジの命令と同時に、バンシー4に搭載された対空レーザーが連続して何十も放たれ、敵機のセンサーと思しき物体を破壊した。

 だがそれは同時に、自らの位置を暴露することにもなる。

 次の瞬間、バンシー4の機体に激しい衝撃が走った。

「直撃、シールド三十パーセントダウン、右側面アーマー十五パーセント剥離」

「本機中枢機能は?」

「現在のところ、影響ありません」

「無事なアーマーを攻撃方面に向けつつ、突撃そのまま」

 予想される敵位置との距離が狭まる。

 だが、まだ見えない。

 レーダーはノイズだらけ、視界は煙幕と漆黒の宇宙空間が混ざり合って、もう何がなんだかよくわからない。

 時間にしてほんの数秒、だが、ショウジにしてみれば永遠にも近い時間が流れた。

 また、機体に激震が走った。

「直撃、シールド七十パーセント消失、上部アーマー全て剥離、対空レーザー損傷!」

「ちいっ、こうなったら射撃地点に突っ込め!」

 叫んでから、ショウジはその指示が間違っていたことに気がついた。

 さっきの戦闘で、射撃用の無人攻撃機がいたのではなかったか?一機は潰したが、それで終わりという保証がどこにある?

 だが、ショウジに運は残っていた。

 直後、機体に何かをこすり付けるような震動が走った。

「なんだこれ、敵の攻撃?」

「いえ、機体に原因不明の力が入っています」

「原因不明の力?」

「はい、ワイヤーを引っ掛けた時のものと似た状況です」

「そのベクトルはわかる!?」

 と叫んだ瞬間、がくんと、何かが外れたような音。

「逃がすな!最後の手だ、引っ張りの方向にいる奴をトラクタービームで捕まえろ!」

 ショウジはこのとき、バンシー4が何を引っ掛けたのかを、確証こそ無かったが、理解した。

 引っ掛けたのは、敵機と無人攻撃機を結ぶ通信ワイヤーだ。通信すらままならないこの煙幕の中で、どうやって遠隔攻撃を行えたのかが謎であったが、何のことはない、有線で繋いでいたということだ。

 もちろんワイヤーで運用できるエリアは非常に狭いものとなるが、それでもこの煙幕の中に限って言えば、敵機本体の位置をごまかせる効果は恐ろしいの一言に尽きる。

 そして最後の外れたような音、あれは、バンシー4の機体にワイヤーが引っかかったと察知した敵機が、そのワイヤーを無人攻撃機ごとパージしたということだ。

 だが直前まで、有線を使える距離までバンシー4とカエデ機が近づいたのは間違いの無い事実である。

 そこまで近づいてしまえば、いくらレーダーが使えない環境下といっても、やりようはいくらでもある。

「トラクタービームに反応、質量から間違いありません、敵機です」

「よっしゃあ!」

 ショウジが用意した最後の奥の手、それは大型艦艇を曳航するためのトラクタービームでもってカエデ機を捕まえるというものであった。

 トラクタービームは通常のレーザーなどと違い、照射した物体を捕まえて引き寄せる性質を持つ。また、力がかかる方向を判別することで、機体が動いても自動的にその方向を追尾させることができる。

 哨戒機はもともと色々なことができるように設計されており、タグボートのように艦艇を押したり引っ張ったりして動かす能力もアタッチメントで持っている。

 もちろん戦闘で使うような代物ではなく、有効射程距離も十キロ程度と短い。だが、本来の目的を考えれば、これでも十分すぎるほどの性能である。

 今回ショウジが用意したのは戦艦すら動かせる強力なものであり、小型機程度なら一度捕まえればそこから脱出することは不可能という代物だった。問題は莫大なエネルギー消費だが、ほんの少し、相手を無力化できるまでの時間だけ持ちこたえればいい。

 それに何より、一度捕まえれば、少なくとも自機のエネルギーが尽きない限りは、カエデ機の位置を見失うようなことはない。

「バンシー、逃がしちゃダメだよ、そのまま引っ張って!」

「敵機に強力な移動反応、逃げようとしています」

 だが、小型の無人偵察機回収用ならともかく、大型艦艇を捕まえるトラクタービームである。この程度ではびくともしない。

「カメラ映像に反応、敵機です」

 煙幕の隙間から、ついに、敵機が姿を現した。

 あの時、最初と同じ、美しい女性を模したような姿。

 それが、まるで蜘蛛の網から逃れるようにもがき、苦しんでいる。

「ぐっ、バンシー、まだ彼女は動いてる、出力最大、推力も!」

「しかしこのままでは、エネルギー不足からシールド出力が維持できなくなります」

「構わない、やるんだ!」

 二つの機体が一本の綱で繋がれて、踊るかのように回転する。

 バンシー4の全身に、軋むような震動が走る。

 だが効果はあった。カエデ機が、少しづつバンシー4に引っ張られ、その距離を狭めていく。

「バンシー、残るアーマーに敵機をぶつけられる?」

「可能ですが、危険です。シールドが保てない今、機体同士が衝突したら、その衝撃で本機の中枢まで損傷する可能性があります」

「それは向こうも同じだよ。あんな華奢な機体、同じダメージなら向こうの方が厳しい」

 もちろんそれは確証ゼロの、ショウジの勝手な予測である。

 だが手足という構造を持つような機体が衝撃に弱そうというのは、一般論として正しいことに間違いは無い。

「機長、敵機反転、こちらに向かってきます!」

 ショウジがはっとして、カエデ機の姿を確認する。

 その機体の腕に、何か長く光る物体がある。

 本能的に、それは危険なものだと、ショウジは判断した。

 そう、その存在があるとわかっていて、今回の戦闘でまだ彼女が見せていない武器が一つだけあった。

 無人偵察機を両断した、謎の対空レーザーだ。

「推力最大、アーマーの残る面でぶつけて!」

 ショウジは、その命令を、躊躇わなかった。

 バンシー4が使える手は、全て使った。

 迎撃するための対空レーザーは破損して使えない。

 トラクタービームを維持するため、シールドへのエネルギー供給はカットされ、次に一発でも攻撃を受ければお陀仏だ。かといってトラクタービームを停止すれば、彼女を取り逃がす。

 無人偵察機へ攻撃命令を出そうにも、今も広がる煙幕によって、その通信すらままならない状態となっている。

 あとは体当たりしかない。カエデ機にダメージを与えられる、勝てるチャンスはこれが最後なのだから。

 そして次の瞬間、激しい衝撃と、全身を走る電撃にも似たショックで、ショウジは気を失ったのだった。




 どこか遠くで、誰かが何かを言っている声が聞こえる。

 遠く、柔らかい光の入るリビングで、母さんが朝食の準備をして、父さんが椅子に座って新聞を見ていて、そして僕が寝巻き姿のまま入ってきて。

 ああ、これは夢だ、いつの夢だ。

 そしてテレビの声が聞こえる。

 停戦、と言っているような気がする。

 停戦、停戦?

 そこで、夢は急速に白化し、ショウジは現実に戻された。

「意識レベル覚醒、医療措置継続。機長、聞こえますか?」

 聞こえたのは、バンシーの声だった。

「あ、ああ、バンシー、聞こえる。真っ暗だけど、声は聞こえる」

「視界リンクが途切れ、操縦イメージエリアを構成できない状態です。いま、有視界に切り替えます」

 ぱっ、とショウジの目の前が明るくなった。

 ヘルメットに装着されている肉眼用ディスプレイに、バンシーのイメージ映像が映し出された。

「無理はしなくて大丈夫です。機長は現在、機体接触時の衝撃で、全身にダメージを負っています。緊急治療を行いましたので当面の問題はありませんが、状況が落ち着き次第、母艦へ戻ることをお勧めします」

 次第に頭の中がクリアになっていく。

 先ほどまでの戦闘、衝撃。

「敵機は、カエデはどうなった?」

「すぐそこにいます」

 モニターが切り替わった。

 そこには、トラクタービームでバンシー4に固定されたカエデ機の姿があった。

 同時に、バンシー4に走る黒焦げ穿たれた傷。

「敵機の対空レーザーを至近で受けましたので、本機の戦闘能力は完全に奪われましたが、航行能力につきましては問題ありません」

「僕は、勝ったのか?」

「本機も、そして敵機も生きています。ただし、これ以上の戦闘はありません」

「え?」

「艦隊本部より全ての兵に対し、停戦の命令が出されました」

 その意味に、ショウジはそれを理解するまでに、数秒を要した。

 ああ、そういえば最初からその話があったじゃないか。

 それは、この戦争で、もうショウジが命を落とす危険性が無くなったということ。

「命令は一時間二十三分前です。ちょうど本機が敵機に体当たりして、行動不能に陥った頃です」

「彼女は、カエデは停戦を知っているのか?」

「一応、公共回線など、複数の通信で相手機には伝えてあります。私と相手機のシステム間では、停戦について把握しています」

 やや放心したような表情のまま、ショウジは一つ大きな息をついた。

 嬉しさとか苦しさとか、何かこう人としての感情が沸かない。ただ、生き残ったという思いだけがショウジの心の中を支配する。

「バンシー、カエデと通信できるかな?」

「はい、相手機からも、機長が起きたら通信回線を繋ぐよう、要望されております」

 彼女からも要望?とショウジは何か引っかかるものを感じたが、まだ気絶したときの影響が抜けきれないのか、あまり働かない頭のまま、カエデと通信を繋ぐようバンシーに命令した。

 通信は、すぐにやってきた。

「きさま、なぜ殺さなかった」

 いきなりやってきた、地獄の奥底から響くような声に、ショウジはかけようとした声を思わず飲み込んでしまった。

「私をここまで弄んで、何のつもりだ」

「あー、えーと、何か、なんというか、なんだこれ?」

 映像に出たカエデの表情は、ヘルメットによってショウジからはよく見えない。

 もっともそれはカエデも同じ状況だったろう。なにしろショウジの顔は、まるで中世時代の兜みたいな機体制御装置で覆われているのだから。

「お前は、最後あれほど有利な状況にありながら、一発も攻撃らしいことをしなかった。それどころかトラクタービームに最後は体当たり、生死を賭けた決闘を何だと思っているんだ!」

「ああ、そういうことか。というか、そう感じていたのか」

 その言葉に、ショウジはようやく彼女が怒っている理由を理解した。

 結果的にではあるが、とくに彼女が指摘する後半の戦闘において、ショウジは対空レーザーを機体めがけて一発も撃っていない。

 そして唯一放った攻撃は、攻撃能力のないトラクタービーム。

 もちろんそれらには相応の理由がある。ショウジだって、好き好んでトラクタービームを攻撃に使用したりしない。全ては、真剣に、勝利するための、そして生き残るための行動だった。

 だが、事情を知らない彼女から見た場合、向かってくる攻撃は殺傷能力の低いものばかり。命を賭けた真剣勝負の場で遊ばれたと感じてしまったのだろう。

「言っただろう、生け捕りにするって」

「な、に?」

 通信の向こうで、カエデが顔を上げた。

 そこでようやく光の加減から、ショウジは彼女の表情を見ることができた。

 彼女の表情は暗く、涙によるものか、目元は乱れていた。

「こっちのことはお構いなしで、勝手に決闘相手にしてくれたんだ。仕返しを考えるなら、それくらいしないとね」

「仕返しだと?わ、私は」

「言ってたよね、負けて生き残ったら結婚するって」

 カエデの言葉が止まった。

「そこまで馬鹿にされちゃ、僕だって男なんだから奮起するさ。どうだい、自分勝手に決めた話で、相手にそれをひっくり返された感想は?」

「馬鹿になんか、そんな気持ちは」

「だったらもっと悪いよ」

 何と言っていいのかわからず、もごもごと口を動かすカエデを見て、ショウジは少しいじめ過ぎたかなと苦笑いを浮かべた。

「まあでもお互いボロボロで、もう戦える状態じゃない。停戦命令も出たみたいだし、この勝負は永遠に引き分けかな」

「え?」

「聞いてるだろう、停戦の話は」

「あ、ああ、聞いているが、いや、私の言いたいのはそんな事じゃなく」

 さらに何かカエデが言葉を続けようとした時、モニター内に味方機からの信号連絡が来ているという文字が流れた。

 ショウジはそれをちらりと一読すると、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

「ごめんカエデ、心配になった味方がこっちに来るみたいだ。トラクタービームでそっちの陣営方面に動かすようにするから、君は君で回収してもらって」

「ショウジ、ちょっと待ちなさい、私はまだ何も」

「通信を切るよ」

 だから待ちなさいと叫ぶカエデを尻目に、ショウジは強制的に通信を切った。

「よろしいのですか、機長?」

「ああ、いずれにしてもこっちはボロボロ。早めに帰らないと、いつどこがおかしくなるか知れたもんじゃない。近くの味方は?」

「さきほどコールしてきたのはバンシー3です。機体の状況を連絡したところ、すぐにこちらに来るそうです」

「了解、じゃあ急がないといけないな。バンシー、彼女の機体を静かに皇国軍のエリアへ流してくれ」

「わかりました。あの、その機体から今もコールが来ていますが、いかが致しましょう?」

「彼女の機体だって無事じゃないはずだ。それに、彼女も感情的になっているみたいだし、話をしても意味は薄いだろう」

「了解いたしました。トラクタービーム調整、相手機を動かした後、解除します」

 がたん、と軽い震動が機体に走る。

 モニターの向こうで、あの女性的な機体が静かに遠ざかっていくのが見えた。

 もう二度とカエデの姿を見ることは無いんだろうな、ふとショウジの中でそんな思いが生まれる。

 短い間だったが、ここまで深く濃く相手の事を知ろうとした事は無かったんじゃないだろうかと、そんな風に思う。

 惜しむらくはこれが戦争という殺し合いの間柄であり、年頃の男女が持つ甘いものとは完全に無縁だったということか。

 そう思うと、引き分けにして結婚とか色々な話を無効にしてしまったのは惜しかったかな、などとショウジは思ってしまう。

 だが、あんな別れ方をして、彼女がショウジを好意的に見るはずがない。もし何かの幸運から次に出会うことができたら、平手打ちの一発くらいは覚悟しないといけないか。

 まあ、でも、これでいい。

 自分も彼女も生き残り、勝負に自分なりの勝利をつかみ、そして家へ帰れる。

「バンシー、後を頼む。少し疲れた」

「了解いたしました、機長。良い眠りを」

 そしてショウジは一息つくと、急速に甘美な眠りの中へと落ちていったのだった。

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